Futon Side Stories 5
〜エステルと夕星の君〜
話があるからと人払いを頼むと、シンはキョウォン王の私室に招かれました。
やがてそこに、滞在中のミスラン=ディアとトモヤーンがやってきました。
「ミスラン=ディア。」
シンが嬉しそうな声で呼びかけました。
「なんでぇ。知り合いかい?」
キョウォンは驚いたようでした。
「おや、クミコ姫に懸想してるってぇエルフたぁ、お前さんのことだったか。
ゴウォン卿も苦労が耐えねえなぁ。はっはっは。」
ミスラン=ディアは楽しそうに笑いました。
数千年の永きに渡り世界中を旅している魔法使いは、
当然のことながらサワ谷へは何度も行ったことがあるのです。
また、上古の戦いでは共に悪と戦った同盟者でもありました。
「はい。父には追い出されてしまいました。でもクミコを諦める気はありませんから・・・」
「ほう。そう言う頑固な所は親父さん似なんだがなぁ。
ま、そのうち親父さんもわかってくれるんじゃあねぇのかい。」
「そうだといいのですが。」
ミスラン=ディアにはシンの運命の行く末もシンの覚悟もわかっていましたが
それについては何も言わず、にこっり笑って応援をするのでした。
「そっちの色男は、さすらい人のトモヤーン殿だ。」
キョウォンが紹介するとシンはちょっと驚いたようでした。
「エステル・・・」
トモヤーンも驚きました。
「私の幼名を、なぜ知っているのだい?」
「あんた、小さい頃サワ谷にいたろ。俺はその頃あそこには住んでなかったから
あんたは覚えてねぇみたいだけど、俺は何度か見かけたぜ。」
「え?すると・・・」
「そう。この御仁はシン・ウンドゥ=ミエル・サワダール、
ゴウォン卿のご子息だ。」
「じゃあ君が、あの『サワ谷の夕星(ゆうづつ)の君』なのか。」
「なんでぇ、それは?」
「おや、キョウォン王はご存知ない・・・?
古謡に歌われた美貌のエルフの伝説を。」
そう言うとトモヤーンは古い詩を吟じました。
黄昏に沈む河の畔、夕闇の中に輝く一つ星
紅く輝く残照を映すその髪に
夕星の煌めきをたたえた瞳
慈悲に溢れたその姿、まみえるものは幸いなれ
丈高き麗しきエルフの君
癒しの御方、豊穣のサワ谷に住まう
その指先の恩恵に触れるものは幸いなれ
樹々のざわめき風のさやぎ
何物にも代え難き美しき夕星の君
常永久に輝くエルフの星よ
美しいトモヤーンの歌声にそこにいるものは皆、静まり返って聞き惚れたのでした。
「ほう・・・『夕星の君』なぁ」
「その通り名はやめてくれ////」
「なんで嫌なんだ。可愛いじゃねぇか、シン公。」
「だから嫌なんだよ(拗)。」
トモヤーンは、もうずうっと昔、まだ少年だった頃にこの詩を聞き
美しい伝説のエルフに憧れて一度あってみたかったことを思い出しました。
「ふぅん。君が、ねぇ・・」
「何、ニヤニヤ笑ってんだよ!」
「いや、別に。」
「ニヤついてんじゃねえよ!」
「「ぷぷぅ、くすくす。」」
その後、一同はオークの侵攻についての話をシンから聞き、今後の対策を話し合いました。
キョウォンとミスラン=ディアは伝令を仕立て、
彼らはその夜のうちにカミヤマールを発っていきました。
夜になると、ささやかながらも歓迎の宴が催されました。
内輪だけのこじんまりしたものと言うことで場はすぐにくだけ、
みな楽しそうに騒いでいます。
「一番!ウッチィ・トゥッ=ク!歌いまーす!!!」
「「「おー!(ぱちぱち)」」」
「さあ、そこの小さいの!飲め飲め!!てつ様の杯を受けねぇか!」
「「ひぇーっ。頂きますってばっ(汗)」」
トモヤーンは騒ぎには加わらず、ひっそりと杯を傾けています。
クミコが横に付きっきりで、何くれと世話を焼いたりしきりに何か話しかけては
見つめあって笑ったりしています。
傍目で見てもふたりの睦まじさは微笑ましく、如何にも似合いのふたりでした。
クミコの頬がうっすらと薔薇色に染まっています。
シンはその様子をじっと見つめておりました。
そんなシンの表情に気がついたキョウォンがシンに酒をついでやりながら言います。
「シン公よう。最近、クミコはトモヤーン殿がいたくお気に入りでなぁ。
後ついて歩いちゃあ、話しかけられて茹で蛸になってな。ニッシッシ。」
「ふぅん・・・」
誰にも言っていませんが、この恋にはシンの命がかかっています。
小さい頃から父が面倒を見て、ずっと育ててきたトモヤーンに
悪い感情は持ってはいませんが、やはり、恋敵となると落ち着いて入られないシンでした。
「クミコ・・・」
初めて知った片恋の切なさに、シンはまたため息をつくのでした。
切なげではかなげなその風情に、城の女たちをはじめコビットの若者でさえ
ぽーっとなってしまうのですが、クミコだけはそんな様子は
微塵も見せないのでした。
「鈍感にも程があるよなぁ。」
「シンちゃん、かわいそ・・・」
「「だよなぁ・・・」」
シンの友人たちは、報われない恋に改めて同情するのでした。
†††
「ゆうづつってなぁに?」
「しらないー。なんのこと?」
「ああ、宵の明星って意味の古い言葉だよ。夕方に見える金星のことだな。」
「きんせい?」
「そうだよ。見たことないか?
太陽系の第2番惑星でな、地球のすぐ内側の軌道を回っているんだ。
公転半径1億800万キロ、公転周期224日、自転周期171日、
直径が12000キロで東方最大離角の時に、」
「「??????」」
「幼児相手に何バカな説明してるんだ(呆)。」
「なんだよ、子供には正しい科学知識をだな・・・」
「お前は黙ってろって。夕星っていうのは一番星のことだよ。」
「いちばんぼしー。」
「しってるー。みたことあるー。」
「そうか。偉いなー。今度のお休みの日にお父さんと一緒に見ような。」
「「わーい!」」
「じゃあ、おやすみなさいしよっか。」
「「はぁい。」」
「ほら、久美子もふくれてねぇで。」
「(つーん)」
「ちゅ」
「ふん。・・・/////」
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子供には、正しい科学知識を与えましょう(笑)。
元ネタでは婚約者のこのふたり、このお話ではライバルです(笑)。
これについてのしょーもない小ネタがBBSにございますので
ご笑覧くださいませ。
なんだか登場人物の紹介ばっかりでお話が進みませんね。
この次からはもうちょっとストーリーが出てくる予定です。
また書いてもいいですか。
皆様の暖かいお心だけが支えです。
2009.6.13
双極子