ホクレア号が無事ハヤブサ・メモリアルにドッキングしてから半日後。

年配の男はひとりである場所へ向かっていた。


からん・・・


古めかしい木(の様に見える)扉の上に取り付けられたこれまた古めかしい小さな鐘が、扉の動きとともに鄙びた音を立てた。


「あら・・・いらっしゃい・・・お久しぶり・・・」


扉の中はこれもまた古めかしい作りの酒場で、カウンターの中で女が一人、暇を持て余したように気怠い様子で佇んでいた。


「よう、蝶子ママ。久しぶりだな。」


「そうよう、あんまり久々だから捨てられたのかと思っちゃったわよ。」


「ばぁか、来る客みんなに同じコト言ってんだろ。」


「ふふふ、さぁどうかしら・・・いつもの?」


「ああ、いつもの・・・頼む。」


ここはハヤブサ・メモリアル・ジャンクションの中の小さな酒場だ。

男はホクレア号を操縦していた年配の男だ。


馴染みらしい男は、差し出された赤い酒をぐいっと呷ると、すとんとグラスをカウンターに置いた。慣れた手つきで蝶子が新しいグラスを置く。蝶子の左腕に幾重にも巻かれた真珠の腕輪がしゃらりと音を立てた。


「あれ、あるか?」


「ええ、今回はこれと・・・」


蝶子は足元に隠すように作られた扉の中から小さな箱を出すと、男に渡した。

それはもうすっかりいつもの事なので、男は何も言わずに無造作に箱をポケットに入れ、代わりに少しだけ大きい箱を蝶子に渡す。蝶子はわずかに頷くと箱を足元の扉の中へしまい込んだ。


「・・・?」


まだ何か言いたそうな様子の蝶子に、男は訝しげに顔を向ける。

珍しく蝶子が青ざめている。天海さくら直々に黒田龍一郎へと推薦したと言う女丈夫の蝶子のこんな顔は、長い付き合いの男でもほとんど見た事がない。


蝶子はそわそわと辺りを見回し、警戒装置をもう一度確かめた。

ちなみに客は誰もいない。そもそも、この寂れたジャンクションにはほとんど客は来ない。


蝶子の懐から、小さな指輪が出て来た。

赤い石がついている。


目を凝らすとひらひらと石の内部で光が瞬いているのが見えた。

あるかなきかの僅かな光は何か意味のあるものの様に、あるいは何の意味もないように一定の規則を持って瞬き続けていた。


つくづく眺めてから男は蝶子に眼を戻した。


「これを、直接・・・?」


「直接?」


黒田龍一郎に手渡せと言うのか。

この稼業が長い男だったが、こんな依頼は初めてだ。

もちろん、黒田龍一郎の為に今までずいぶん働いて来たし付き合いも長かったが、それはあくまでも金払いのいい顧客と信頼の置ける業者と言う関係だ。


訝しげな顔をする男に向かって蝶子はこくこくと頷いて、指輪を付けるよう言った。


「絶対に誰にもバレないように、肌身はなさず持ってって。そして必ず直接・・・」


「わかった。」


男は請け負った。これは超一級の依頼だ。今までとは額が違うだろう。


「それ、昨日イトカワに流れ着いたの。親分宛ってあたししか知らないはずの記号で。」


男はここへつく直前の緊急通信を思い出した。

コード8F63BBのブツって訳か・・・


武者震いしながら、男は寂れた酒場を後にした。






「かんぱーい!!」


「「「「かんぱーい!!!」」」」


久美子の一声で突然始まった宴会に、慎は面食らう。


「ほーれほれ、沢田も飲め!お祝いだぞ!」


泡立つ液体が一杯に入ったグラスを渡されて慎は顔をしかめる。


「一体なんなんだよ。」


「知らないのか?今日は『はやぶさ記念日』だ!」


「何それ?」


「小惑星探査機はやぶさ一号機がイトカワに着陸成功したあと、地球に帰還した日だ!お前知らないのか?」


「・・・・知らない。」


「ちっ、まあいいや。飲め飲め!」


「え?おい、ってなんだよこれ・・・」


「そりゃー、野郎共!飲めー!じゃんじゃん飲めー!」


「「「「うぃっす!!!」」」」


こうして黒田一家挙げての宴会は、夜が更けるまで続いたのだった。



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小惑星探査機はやぶさの偉業を讃えて作ってみたお話です。

「あかつき」「みちびき」と最近は宇宙開発が熱いですね。

二番じゃいけないのかって?

愚問ですよ。No.1の技術と言うものがどれほどの力を持っているか、考えようともしない近視眼的人間が政治家をやっていると言う末期的状況に深く憂えます。


2011.1.19  UP