小惑星探査機はやぶさ偉業達成記念小話。

アンドロイド〜の番外編です。



ピッピー・・・ピピッピーピピッ・・・・ピッピーピッピッ・・・・ピーピッピー・・・


宇宙貨物船ホクレア号の暗いコックピットに小さな音が流れ出した。


スピーカーからはザリザリと言う太陽風のノイズやサーッと言う背景輻射ノイズがひっきりなしに聞こえていて、その中から出力がごく小さいらしい小さな信号を拾うのはひどく困難だ。

黒々と広がる宇宙空間の中で、必死で自分を訴えるかの様に音は鳴り続ける。


「なんだい、これ?」


副操縦席の男が隣に座る年配の男に尋ねた。


「ん?最近の若ぇのは知らねぇのかい?」


「こんな大時代なオモチャみてぇなへぼい音をこんな所で聞くとは思わなかったさ。

ピーピーうっせぇから切っていいか。」


「だめだ。」


年配の男は、右側のディスプレイに映る航宙図の縮尺を切り替えながら言う。

正面のメイン画面には、進入許可が出た事を示す緑色の立方体が映ってくる来ると回っている。


「こちらHMJ、Hayabusa Memorial JCT.、41番ポートに進入許可が出ました。

只今より1893. 2718281828459045秒後にドッキングを開始します。

進入に備え機の自動制御装置を入れてコード7759からの指示に従って下さい。

繰り返します・・・」


ジャンクションから送られてくる自動音声を聞きながら、男は手元のパネルを操作して使い込んだ愛用の宇宙船を進入軌道に乗せた。


「なぁ、ホントにここに寄るのかい?随分寂れた所みたいだけど。」


「ああ、俺にとっちゃ古巣みたいなもんだからな。」


「へぇ・・・」


ふたりはホクレア号と言う名の小さな宇宙船を使って不定期に外惑星系の星々を廻るフリーの貨物運搬業者だ。依頼があれば内惑星系へも行くし、太陽系辺縁部のロゴスやクワオワーに脚を伸ばす事すらある。


彼らの小さな船は内装備品こそ粗末だが、動力・制御系には最新鋭の技術と金をつぎ込んでおり、スピード・安定度ともに他の運び屋の追随を許さない。


それだけに運搬料は高く、勢い非合法品の依頼も多くなると言うものだ。

今日の荷にはそれほど危ないものもなく、気楽な道行きだった。


「で、このピーピー言うのは何な訳よ?」


「ん?ああ、こいつはイトカワ・ビーコンだ。」


「へぇ・・・?歴史の時間に習ったような・・・」


「ばーか、宇宙船操縦士第三級の問題だぞ。ったく最近の若いもんは。」


「へいへい。で、何な訳よ。勿体ぶらずに教えろってば。」


「イトカワってのは、これから寄るジャンクションのそもそもの由来になった小惑星でな。」


「ああ、ハヤブサ・ジャンクションな。」


「ん?あっちじゃない。こっちはハヤブサ・メモリアルだ。はじめはこっちがハヤブサ・ジャンクションだったんだぞ。あっちが出来てから寂れちまったが、昔は賑やかだったもんさ。」


「へぇ、初めて知った。」


「ったく・・・こいつぁこの宙域にできた最初のジャンクションでな。ハヤブサってのは人類史上初めて小惑星への往復に成功した探査機の名前、その小惑星がイトカワって訳だ。」


年配の男はそこで言葉を止め、感慨深げにため息をついた。


「で、ハヤブサの九号機がイトカワにビーコンを置いてくるのに成功したのが、今からざっと二百年ほど前のことさ。」


「え?じゃあ、あのピーピー言ってるのって二百年も前のもんかぁ?」


「いやいやまさか・・・八十年ほど前にジャンクション作る工事の準備のために置かれたもんだよ・・・あの当時は外惑星の開発もまだまだ進んでなかったし、連合と統一政府の仲も悪かぁなかった。規制も色々と緩くてな、俺ゃ堅気の運送屋をやってた訳よ。これとは比べもんにならねぇ位、でっけぇ船でなぁ・・・」


「それが今じゃ、こんなちっこい船でご禁制の品ばっか運んでるちゃちなネズミ働きの悪党って訳だ。」


「てやんでぃ。そのちゃちなネズミに引っ付いてメシ喰ってるのぁどこのどいつだ、このヒヨッコめ。」


「へへっ・・・そっか、おっさんて日本族なんだっけ。んでイトカワな訳ね・・・」


「おぅ、純血種だぜ。」


「日本なんて遠の昔に海の底だってのに、律儀なもんだ。・・・お、なんか出てんぜ。」


若い男が指差した左のディスプレイには、緊急通信を示す赤いマークが踊っていた。


「ん、なんでぇ面倒くせぇな。開けてみろ。」


「へいへい・・・ええっと、なんか荷物をひとつイトカワから回収したってよ。念のためコード8F63BBで進入しろとさ。」


「コード8F63BB・・・?耐第三種爆発物体迎撃モード・・・結構厄介だな、こりゃ。」


「え?危ねぇの?」


「んー・・・ま、しっかりベルトしとけ。」


慌ただしくディスプレイを操作しながら、男は緊張した声でそう言った。