「久美子ちゃん、今、ちょっといいかい?」


「あ、篠原先生♡。おじいさんとのお話はもうおしまいですか?」


「それじゃあ、俺は失礼しやす。」


気を利かせた京太郎が立ち上がろうとした所を、篠原智也が止めた。


「いや、京さんにも聞いてもらっておいた方がいい。」


三人で改めて座ると、篠原は小さな端末を取り出した。


「頼まれてたもの、出来たよ。」


「わぁっ!ありがとうございます。結構大変でした?」


「ん、ま、そうでもないよ」


本当は今までにないくらい苦労したのだが、久美子に気を使わせたくない智也は軽く答えておいた。


「なんですかい?身分証明?」


「そう。シンの奴、最近ずっとあたしのあとをついてくっからさ。身元不明のまんまじゃ色々面倒くさいからね。だから先生にお願いして身分を作ってもらったんだ。」


「ちゃんと正規のものとして通用するよ。て言うか正規のものなんだけどね。」


「えっ?」


「内惑星系からの出国記録だけあってそれっきり記録が途絶えた戸籍を見つけてね。あとは、まあいつもの手で。」


そう言うと智也はいたずらっぽく笑って片眼をつぶってみせた。


久々に智也と飲みたいと言う京太郎の誘いでふたりが出掛けて行ったあと、久美子はシンの部屋へ行った。シンはベッドに寝転がって雑誌を読んでいた。雑誌と言ってもベッドの少し上に浮かんでいる映像なのだが。最近の「雑誌」はほとんどがこれで、契約をしておけば配信されてくるし、自分で好きな時に「店」から買うことも出来る。


シンが読んでいたのは、漫画だった。ミノルやその他若い衆のために組で購読しているものだ。楽しそうなその顔を見て、十六、七歳だと思った自分の印象が間違っていないと久美子は改めて思った。


「お、珍しいじゃん、久美子が部屋に来るなんて。」


「お前なあ・・・呼び捨てにすんじゃねぇよ。一応、あたしの方が年上なんだぞ。」


「細かい事はいいじゃん。お前、子供っぽいし。」


「はぁ・・・ま、いいや。お前に話があるんだ。」


そう言って久美子は先ほどの端末をシンに見せた。


「これナニ?」


「お前の身分証明だ。これ以上名無しの権兵衛じゃうちとしても困るんでね。」


「沢田慎?これって、俺の名前か?」


「そ。その名前で正規の戸籍を作ってやっといたから、これから外に向かってはその名を名乗れ。いいな?」


「沢田・・・慎・・・・」


一言一言噛み締めるようにシンが言う。


「苗字は適当につけたらしいけど、気に入らないか・・・?」


心配そうな久美子を見てシンは首を降った。


「いや、いい。気に入ったよ。」


そう言ってにっこりと笑う。

なぜかその笑顔にちょっと胸が高鳴ってしまって、久美子は慌てて誤摩化すように話を変えた。


「あ、あのな。その端末のメニューからさ・・・そう、それ選んで、見てみて。」


「・・・白金学院高等学校二年四組・・・これナニ?」


「あー・・・お前さ、昼間でもあたしにまとわりついてるだろ。あれ、ちょっと不味いんだよね、目立っちゃって・・・だからさ、あたしのクラスの生徒ってことにすれば不自然じゃないし、って。」


「それって、俺が高校に通うってこと?お前と一緒に?」


「ああ、まあそうだ。」


その途端、シンは、いや慎はぱっと花が咲いたように笑顔になった。


う、可愛い・・・

もともと整った顔立ちだとは思っていたが、無邪気に笑うとこいつ可愛い・・・////

思わず浮かんだ考えに、久美子はどぎまぎしていた。