広大な黒田の屋敷の丁寧に手入れされた庭に、午後の日差しが落ちている。

今日の天気は晴れ、気温は22度だ。庭の池で鯉がゆったりと泳いでいる。

ちらほらと咲き始めたライラックの枝の上に居た鳥が鳴いた。


ホーホケキョ・・・


その声に、庭に面した和室で茶を飲んでいた黒田龍一郎はわずかに眉をひそめた。


そばに控えていた若頭の大島京太郎が素早くそれに気が付くと、大声で若衆を呼びつけた。


「おいおい!誰かいねぇか!」


「「へいっ。」」


たちまちふたり程駆けつけて来て、庭先に畏まる。


「手前ぇら、今いつだと思ってるんでぇ!五月に鶯を鳴かす莫迦がどこにいるってんだ。」


「え、あ、す、すいやせんっ。すぐ片付けますんで。」


そそくさと梯子を持ってくるとライラックの枝の上から鶯のロボットを降ろす。その間にもうひとりが不如帰のロボットを持って来て枝に乗せる。


キョッキョッ キョキョキョ・・・


澄んだ鳴き声が響き始めると、ふっと龍一郎の頬が緩んで、再び茶をすする。


「ったく、どうもあいつら、風流ってもんをわかってやせんや。」


ぶつくさ言う京太郎を見て、龍一郎は笑いそうになったがぐっとこらえる。京太郎は大真面目なのだ。


「今夜は、神山の方へお出まし願いやす。」


「ふむ・・・」


「どうも、狸腹の跡目の話がゴタ付いてやしてね。」


「狸腹からは、ミマスへ一人送り込んであったはずだな。」


土星の衛星ミマスには外惑星連合で最も大きい軍事研究都市がある。黒田一家が支配している裏世界は、内惑星統一政府の権力が及ぶ範囲のみだ。縄張り内の敵はほとんどが制圧あるいは参加に下っていて、今や公然と黒田一家に逆らうものはいない。


十数年前までは、今の政府と外惑星連合との間に紛争が絶えなかったのだが、元々結束の弱かった連合は、内紛や資源開発の遅れなどによって徐々に弱体化していき、今ではほとんど両者の間にもめ事は起こっていなかった。


黒田では、以前から傘下の組のもの達をスパイとして連合に送り込んでいた。最近はキナ臭いことが起こる事もなく、スパイの活動は情報収集のみのおとなしいものだった。


最近になって長く打ち捨てられていたミマスの古い軍事研究所が活動を再開したとの噂で、その真偽を確かめるために龍一郎の意を汲んで狸腹の腹心が派遣されたのだ。任務は極秘で、ほんの一部のものしか知らないはずだ。


「この間、先代が亡くなってから連絡がつかない様で・・・

どうも、大きなネタを抱えたままトンズラこきやがったって話です。」


黙然と考え込んでいた龍一郎は、やがて顔を上げると京太郎に言った。


「人目につかねぇ方がいい・・・」


「へい、ではその様に。」


「五人でいい。」


「へ・・・?」


京太郎は思わず龍一郎の顔を見直す。全員集める必要があると思ったのだが、龍一郎はそうしたくはないらしい。


「五人だ。」


もう一度念を押すと、龍一郎はすっと障子の方へ向けた。行け、と言う意味だ。京太郎は一礼すると静かに出て行った。


「まだまだ、引退は出来ねぇな・・・」


のんびりとした不如帰の声を聞きながら、龍一郎は呟いた。