このところ、私立白金学園高校の門前はちょっとした人気スポットになっている。


学校が終わる頃になると、どこからともなく赤い髪の美しい少年が現れて門前に佇んでいるのだ。門柱に凭れ、何をするでもなくただ流れて行く人々を見送っている。すらりとした立ち姿はどこか気品さえたたえて、愁いを帯びた横顔とともに謎めいた雰囲気をまき散らして、噂好きの住人の関心を買っていた。


たまに話しかける者が現れても、突慳貪に答えるのみで話を続けることも出来ない。それどころか、近付くなと言うように次第に不機嫌になっていくから、近頃では誰もそばに寄ろうとはしない。それでも、人々は好奇心には耐えられないのか遠巻きに集まってはそっと見たりしている。


無愛想だった少年の顔がぱっとほころんだ。

まるで一瞬光が射して来たかのような美しい笑顔を見て、人々は感心の溜息を漏らした。そして少年の笑顔の元を探ろうと視線の先を眺めやる。


そこには・・・


「久美子。」


「お前、また来たのか・・・」


うんざりしたような顔のおさげにジャージと言うおよそ飾り気のない若い女が立っていたから、人々は二度吃驚した。釣り合わないにもほどがある。このふたりはどう言う関係なのだろう。


そんな周りの好奇の目など気にする風でもなく、ふたりは連れ立ってウォークスルーに乗るとあっという間に行ってしまった。


「なんだったんだ、あれ・・・」


誰ともなく呟きが漏れた。



一方、こちらはウォークスルーのふたり。ウォークスルーと言うのは簡単に言えば動く歩道で、公共交通機関として主要な道路に張り巡らされている。近距離の場合、ほとんどの人はこれに乗って移動する。少々遠い場合は磁気浮上車のタクシーか、地下の減圧チューブ内を高速で走るメトロを使う。


ふたりはいつもの様に白金駅まで来るとウォークスルーを降り、メトロの入口へと向かう。


「おい、どこ行くんだよ。そっちは反対方向だぞ。」


「わかってるよ。今日は寄り道だ。お前は帰っていいんだぞ。」


「・・・俺も行く。」


「はぁ。お前も暇な奴だなぁ。なんだって毎日あたしに付いて回ってるんだ。」


「いいじゃねぇか、俺が好きでしてるんだから。」


「やれやれ。」


チューブの中をメトロが滑るように走って来て、やがて停まった。

パシュッと音がして圧力隔壁が開くと、客がどっと降りて来た。

入れ替わりにふたりで乗り込む。混んだ車内で久美子が潰れないように、シンはさりげなく久美子の身体を胸元に掻い込んで人ごみから守っていた。


久美子は下からシンを見上げながら考える。

こいつは中々綺麗だ。

篠原先生の言う通り、どこにも登録がないのだとしたら、どこかの金持ちが作らせた愛玩用ペットかもしれないな・・・


適当な遺伝子を組み合わせて人工的に発生させた受精卵を人工子宮で培養するのは、そう難しいものではない。もともとは不妊の夫婦や同性愛カップルのために開発された技術で、出生した子供は全く普通の人間と同じように扱われる。


それを上手く使って、自分好みのタイプを人工合成で作らせて登録をせずに闇で飼っておくと言うひどい人間も中には居るのだ。また、人間と動物のハイブリッド、例えばネコ耳娘、人魚、天使などは高い値で売れるため、厳しい取り締まりにも関わらず手を出す人間が後を絶たない。


黒田一家のシマでは、人工合成による受精卵の発生は厳しく規制しており、ヒト由来遺伝子以外の人工発生はまず不可能と言っていい。また、クローン体の発生はまだ成功例はは虫類でしか確認されていない。


「なんだよ、見蕩れてんのか。」


じっと見上げている久美子に気が付いて、シンがにやっと笑う。


「ばか、何言ってんだ。」


「イテテっ、混んでるんだから暴れんな!」


「つまんない事を言ってると・・・」


「わ、イテェって。もう言いませんっ!」


「判ればよろしい。」


やがてメトロはターミナルに着いて、他の乗客とともに久美子達もプラットフォームへ降り立った。