赤い髪の少年シンは、結局、黒田一家に住むことになった。
目覚めた後、もう一度聞いてみたのだが、シンは自分の名前はおろか、年齢も生まれた所も、何一つ覚えていなかったのだ。知能も知識レベルも、高校教師である久美子が舌を巻くほどのものであるにもかかわらず、個人記憶に相当する部分だけがぽっかりと抜け落ちているのだ。
「ま、別にいいんじゃねぇ。特に困んねぇし。」
そんな風にさして気にも止めずシンが平然としているものだから、久美子以外の黒田一家の面々はそれ以上の詮索をやめてしまった。
「で、お前これからどうするよ?」
久美子が聞くと、
「そうだな。別に何でもいいけど・・・そうだ、あんたと居たいな。」
「へ?」
「あんたの事、俺、気に入ってるからさ。側に置いてよ。」
久美子はしばらく考えていたが、特に実害はないだろうと許す事にした。調べた限りでは落とし主もあれから出てくる様子もないし、シンがどこからか誘拐されてきたと言う訳でもなさそうだった。また、何かあっても黒田のシマに居る限り、久美子に害が及ぶ事はないのだ。
そんな訳で久美子の付き人のような形になったシンは、よく気が付くし、頭も回って器用で要領が良い事もあって、たちまちのうちに黒田一家に気に入られた。家長である黒田龍一郎も、
「ま、あのじゃじゃ馬のお守りには丁度いいじゃねぇか。」
と鷹揚に構えている。
ただひとり、顧問弁護士である篠原智也だけはシンの正体を気にしていた。
「記録がないんだ。」
「記録が?」
「そう。どんな人間でもどこかしらに記録が残っているものだ。出生の記録、入学の記録、病歴、逮捕歴。もちろん、こう言うのは市民IDを元に管理されているから、不法侵入や逃亡者の場合は表向きには記録がないことも多い。」
「でもそれなら・・・」
「そうなんだ。久美子ちゃんの思っている通り、黒田一家が取り仕切っている管理簿には載っているはずなんだ。生体IDは一度登録するとずっとそのままだからね。逃亡して表の台帳と関連を断っても、うちのシステムなら追跡出来るんだ。なのに、いくら調べても彼の記録は出てこない。」
「・・・・」
「よほど辺境の生まれか、あるいは外惑星連盟の生まれなのか、あるいは・・・」
「あるいは?」
久美子は続きを待ったが智也は何も言わなかった。
「今のところ、この話を知っているのは組長さんと京さんだけだ。何があるかわからないから、久美子ちゃんも口外はしないでくれ。」
「わかりました。先生がそうおっしゃるなら。」
「ありがとう。俺はもう少し調べてみるから・・・彼はいつも君と一緒なの?」
「ええ、まあ。あいつ、どこへでもくっ付いてくるんでちょっと持て余してる所ですよ。」
「そうか・・・彼から目を離さない方がいいかもな。」
「ま、大丈夫ですよ。発信器もありますし、大抵、富士が一緒ですから。」
「富士なら安心だな。」
智也は明るくそう言ったが、久美子が去った後の顔色は冴えなかった。