少年、シンは久美子の方へ手を差し出すと、にこやかに言った。
「飯、喰わせてくれるんだろ?お前、連れて行ってくれよ。」
「おう・・・」
「お前、名前なんての?」
「え・・・山口久美子だけど。」
「久美子か。可愛い名前だな。じゃ、久美子。行こうぜ?」
「生意気な奴だなぁ。」
呆れたように久美子は言ったが、不思議と悪い気はしなかった。用意されていた昼食を皆で食べる。夢中で食べた後、また居眠りを始めた少年を見やって京太郎が久美子に聞いた。
「それで、こいつどうしやす?」
「そもそも、こいつはどうしてここに来たんだ。若松?」
「へい、それが・・・」
てつとミノルが話を引き継いで説明をする。
昨日の夜、いつもの見回りを終えた後、てつとミノルは久々にドームのはずれまで遊びに行ってみる事にした。その辺りは緑地になっており、暗がりの中で怪しげな屋台が出たり、こっそりと袖を引く女がいたりして中々楽しめる所なのだ。普段、黒田一家の中で強面に囲まれて窮屈に暮らしている彼らが、若い羽を伸ばしに時々そこへ行くことを皆は承知していた。シマ内のことであるし、節度を保って遊ぶ分には何も言うことはないのだ。
で、明け方まで遊んで白々明けの中をふらふら歩いていたてつとミノルの前に、突然車が飛び出して来た。通常、磁気コーティングが施された公道上を磁気浮上で走る乗用車が、公園内の緑地を飛ぶことは絶対にない。
つまり目の前の車は、違法改造車あるいは乗用車に偽装した浮遊機で、どちらにしろ怪しいことこの上ない。弾みで転んでしまったてつとミノルは、起き上がると直ちに応戦を始めた。
黒田一家は、シマ内のすべての「違法物」を取り仕切っている。そして、それらには黒田一家のものには絶対に危害を加えられない様、改造が施してあるのだ。違法な上、てつとミノルにぶつかりそうになったこの車は、黒田の息のかからない人間のもの、つまり敵である可能性が非常に高いのだ。
数度の応酬の後、後部が大破した怪しい車は荷物をバラ撒きながら逃走した。急上昇して空へ去った所を見るとやはり車に偽装した航空機だったらしい。
てつとミノルは落としたものを確認しようと、駆け寄った。
大半のものは燃えてしまっていたが、中にひとつ、一際大きな白い箱だけが燃えずに残っていた。どうやら耐火シールドらしい。炎のこない所まで運んで中を改めたてつとミノルが、すやすやと眠る美しい少年を見つけたと言うわけだった。