バチッと派手な音がして、青白い閃光が走った。


「・・・いったぁ・・・」


思わず口に出してしまって久美子は舌打ちした。


けんかっ早くて向こう見ずな生活の所為で、痛みには強いと自他ともに認める久美子だが、静電気だけは苦手だった。来るとわかっているものなら対処のしようもあるけれど、この季節につきもののこれはいつ襲われるかわからない。


完全エアコンディションの居住ドームだが、やはり外部とのエネルギー交換をゼロには出来なくて、気温や湿度などは僅かながらに季節に合わせて変動するようになっている。特に冬場ともなると、氷に覆われる地方への熱量供給に限度があるために、水分の循環が滞りがちだ。だから比較的優先度の低い、健常者の居住スペースへの湿度調整は後回しにされることが多い。


耐ショックブーツだの防弾シャツだの、思い付く限り物騒なものを着込んでいる上に、最低限の武装を手放したことのない久美子にとって、冬とはすなわち静電気との戦いの季節なのだ。


「あーもう。くそっ、まだ手が痛い」


ぶつぶつと独り言を呟きながら廊下を歩いていると、吹き出す声がして久美子はきっと振り返った。


「ぷっ、バッカじゃねぇの」


「あーん?なんか文句でもあんのか沢田」


「おーこわ。んなに睨むなよ」


ちっとも怖がってない顔で言われて、久美子はますますへそを曲げた。


「うっせぇ。こっちは乙女のピンチだっつーの」


「・・・お前、本気で言ってる?」


「んだとう、こるぁ」


久美子が蹴りを繰り出すと、すかさず


バシッ


いいタイミングで慎の身体から久美子のつま先への稲妻が飛んだ。


「あっ、つー・・・てて、くっそ、また喰らっちまった・・・ん?大丈夫か慎公?」


「・・・てか、お前なにやってんの?踊りの練習でもしてんのか」


「なんだよ、無傷か」


「?」


と、そのときはさして気にも止めずに見過ごした久美子だったが。



学校で起きたある事件を切っ掛けに、ふと気が付いた。


「うおおおおお、大変だ大変だっ」


「ヤンクミ呼んでこい、ヤンクミ!」


「慎ちゃん、しっかりしてーっ」


「ヤンクミーっ、助けてくれー!」


ホームルームが始まる前には確かに教室にいたはずの慎とその悪友たちを捜して、校内をあちこち歩き回っていたときのことだ。飛んで火にいるなんとやら、叱ろうと手ぐすねを引いていた相手がわざわざ向こうからやってきて、久美子はぱきぱきと手を鳴らした。


ふふん、いい根性だ。

たっぷり説教してやる。


「おーし、お前ら。あたしがちっと遊んでやる。楽しいプロレスごっこの時間の始まりだっ!!!」


羽織っていたジャージをばっと脱ぎ捨ててポーズを決める久美子をものともせず、内山と南が両脇を固めてきて、あっという間に引きずっていかれる。


「ちょちょちょっと、あんたたちっ。いいいい一体、なななな、なんだっ。か弱い乙女に寄ってたかっての乱暴狼藉とわっ。あーれーっ」


「うっせぇよ。オメーの貞操なんざ誰も狙ってねーよ」


「てか価値ねーし」「だな」「つーかいらねっつの」


「んだとおぅ」


「いーから。慎ちゃんが大変なんだ、ヤンクミ早く!」


内山と南に引きずられ、野田とクマに急かされて付いた先には。


「ん?お前らどうかしたのか」


いつもの様にのんびりと寝転がっている慎の姿があるのみだった。


だらしなく寝そべっているのも、若干眠そうなのも、まったく普段と変わらない。悪友四人は久美子を放り出して慎に駆け寄ると、口々に安堵を述べはじめた。


「おい、慎ー。大丈夫なのかよ・・・」


「平気?なあ本当にもう平気?」


「なんだ、おどかすなよ」


「びっくりしたー。お前急に倒れるんだもんよ」


「そうそう、倒れたと思ったらびくとも動かねーし」


「ぜってぇ死んだと思ったよなー」


「なー」


顔を見合わせてへらへらと笑っている様子を見て、振り回された形の久美子の怒りは一気に沸点まで上昇する。


「・・・で?」


地獄の底から響いてくるような低い声に、一同は一気に押し黙る。


責める久美子と逃げ腰の内山達を、慎はしばらくの間面白そうに眺めていたが、やがて興味をなくしたように大きく伸びをした。


「で、お前らなにやってんだ」


自分が渦中の人物だと言うのにまるで他人事のような顔をしている慎に、野田が抗議する。


「だってよー、慎。お前さっき気絶したじゃん」


「は?ナニそれ」


「ええっ、慎てば。いきなり倒れてそのままうんともすんとも言わなかったじゃねーか」


「なんだよ、担いだのかよー」


「・・・・」


口々の抗議をさぞ心外と言う顔で受けて、慎はぷいっとそっぽを向くとそのまま立ち去ってしまった。


「あ、慎ちゃん待って待ってー。俺もフケるー」


「俺も俺も」「おれもー」


「こるぁ!担任の前でいい度胸だなぁあ!」


「堅ぇこと言うなって。そんなんだから縁遠いんだよ、お前は」



そんなことが何度か繰り返されているうちに湧いた疑問は、久美子の中で徐々に確信に変わっていった。


突然、気絶する。

何事もなかったように目覚める。

そして記憶が飛ぶ。


この症状は。


「ああ。久美子ちゃんの推理は正しいと思う」


「やっぱり篠原先生もそう思います?」


「うん。俺も以前から気になっててね。気を付けていたんだ」


「じゃあやっぱり」


久美子と篠原は顔を見合わせて頷いた。


「そう。彼は人間じゃない」