慎と久美子は、暢気に気合いの入った(?)日々を楽しんで過ごしていた。
相変わらず慎の記憶は戻らないままだったが、この街の生活にも黒田一家で過ごす事もすっかり慣れ、生活の中に溶込んでいた。
はじめのうち、遠巻きにするだけでなんとなく及び腰だった黒田一家の者も、慎の頭のキレや度胸の良さを知るうちに親しみを抱き始めた。何より久美子のお気に入りで、いつも寄り添って「黒田の大切なお嬢」を常に守っているのだから、歓迎されない訳がない。
意外な事に、黒田一家で一番始めに打ち解けたのは富士だった。
『あっしはねぇ・・・ここに引き取られなかったら廃棄処分の予定だったんで。』
「はぁ。」
縁側に座って庭を眺めていた慎は、のこのことやってきて勝手に話しはじめた富士の相手をしていた。
黒田富士は、黒田一家の主が代々飼っている土佐犬で今の富士は初代から数えて六代目に当たる。もちろん、この時代の常として「生きている」犬ではない。が、機械の身体と集積回路だとしても、プログラミングされた学習機能とオペレーション・システムによってこうした「ロボット」にも経験に寄る個性が生まれてくるものなのだ。
技術の発達がもたらした恩恵のひとつだが、本物と見分けがつかない事が多くなってきたため、現在では製造販売が許可されているのはごく一部の愛玩動物のみだ。特に、人間型は内惑星統一政府内では厳しく規制されており、製造はおろか持ち込む事すら許されない。
土佐犬型ロボットは数多くいるし、富士と同型のものも中には存在する。
それでも、年数を経るうちに飼い主や環境の影響を受けて、次第に違うものになってくるのだから、こうしたロボットのペットを飼っている者の多くは、「自分の」ロボットに深く愛着を持ち、可愛がる。
もっとも、システム駆動系も含めてバックアップが容易にできるし、外観のメンテナンスも安価なので、筐体を何度も替えながら「同じ」ペットを何十年も飼っている者もいる。
『そんな中で、お嬢はあっしをこの姿のまま可愛がって下さってるんですよ。ホントに情の深ぇえお方ですよ、お嬢は・・・』
「ふーん。」
久美子をはじめ黒田一家の者は、筐体が変われば中身が同じでも「違う犬」だと言う考え方をしていて、筐体が壊れる度に新しい土佐犬ロボットを作らせていた。
勇敢で侠気があった五代目と違って、今の富士は人なつこくて愛嬌のある犬だ。
工場の手違いで、別のロボット用に用意されていた尻尾を誤って付けられてしまったため、馬のような奇妙な尻尾をしている。
当然、黒田側は抗議したが、当時まだ黒田に引き取られたばかりだった七歳の久美子が、そのままでいいと庇った為、尻尾はそのままにされた。
『と言う訳で、この尻尾はお嬢に愛されてる証しみたいなもんで・・・』
尻尾のリボンをとった富士は、ふぁさふぁさと揺らして慎に見せると、慎にリボンを差し出して後ろを向いた。
「自分で付けられねぇなら取るなよ。」
ぶつくさ言いながらも、元の通りきちんと結んでやるのは、慎が、富士に対する久美子の気持ちをよく知っているからだ。
『しかし、慎さんも大変っすねぇ。ニッシッシ。』
「んだよ。」
『お嬢はああ見えておぼこいですからねぇ。年上の女なんてもんは見つめてるだけじゃあ落とせませんぜ。』
「・・・・」
『道ならぬ恋、催す劣情、若い身体を持て余して夜な夜なムラムラと、』
ボガッ
『イテテテ、何すんですか慎さん。』
「うっせぇよ。」
『ふっふっふ、この富士には判ってますって。溜まってらっしゃるんでしょー。ささ、これを差し上げますから。ま、お近づきの印に何も言わずに納めて下せぇ。今晩のおかずでござんすよ。』
手揉みしながら差し出されたのは、小振りのブラジャーだった。
反射的に受け取ってしまってから慎ははっと気が付いた。
「おい、ちょっと待て!俺はこんなもの受け取る訳には、」
すばやく行ってしまって富士に言いかけた所で、廊下の向こうから久美子がやってくるのに気が付いた慎は、慌てて手に持ったものを背中に隠した。この家でこれを使っているのは久美子だけなのだ。持ち主が誰なのかは明白だ。
「おー、慎公。いい所に。お前、不審な奴を見なかったか?」
「ど、どうしたんだよ。そんなに走って。」
「不届きものがあたしの下着を盗みやがったんだ。とんでもねぇ野郎だ。ふん捕まえてとっちめてやる!お前も不審な奴見たら、捕まえといてくれ。いいな!」
「お、おう・・・」
携帯型電磁ムチをひゅんひゅんと音を立てて振り回しながら行ってしまった久美子の後ろ姿を見て、慎は心底ほっとした。
こいつは一生の秘密にしよう・・・
そう決意して、慎はそっと部屋に引き上げたのだった。