「そっちだ、回り込め。慎!」


「ヤンクミの右に隙があるぞ!」


「危ない慎ちゃん、よけろ!」


「今だー、行っけーっ!」


「そこだっ、そこっ・・・ちぃ、おっしーい。」


「後ちょっとだったのによー。」


ここ、白金学院の第七十八実習室は、今興奮のるつぼと化している。

壁沿いにずらりとギャラリーが並び、中央の空いた空間を皆、真剣に眺めている。


そこでは久美子と慎が一対一の勝負が行われていた。


第七十八実習室は、土木建築作業のための実習室だ。

この時代の土木作業は、主に多足歩行式大型マニピュレータを用いて行われる。人の入れないような極限環境での作業を目的に開発されたもので、作業環境によって磁気浮上式、キャタピラ式、多足式と数多くの種類があるが、最近の主流は直立二足歩行型の物が多い。どの機種も一〜十数本の自在に動かせるアームを持ち、多関節で細かな作業が可能な「指」を供えているのが特徴だ。内部には人が乗り込んで操作をするのが一般的で、種類や大きさによっていくつかの異なる免許が必要だ。


この実習室では、主に二年生のための地上作業用ロボット「八九三式」を用いて基礎杭打ち、ブロック積み、穴掘り、ボーリングなどの実機訓練を行っている。


ここの八九三式は高さ三メートル、二足歩行式の人型で一人乗り、高所作業をしやすくするため十メートルくらいまでなら飛び上がることも出来るし、空中でのホバリングも可能だ。最近の人型マニピュレータは操縦する人間の動きをかなり正確にトレースすることが出来るため、反射神経と運動神経の善し悪しで動きが決まってしまう。そこで白金学院では定期的にこのような実習を授業に組み込んでいる。


今日の実習は、各班ごとにブロックを運んで積み上げると言う簡単だが根気のいる作業で、すぐに飽きてしまった久美子のクラスの生徒達がサボり始めた。


「てめえら、適当に積んでんじゃねぇ!おいっ、そっち!何サボってやがんだ!」


「ちっ、こんなかったりー事、ちまちまやってられるかってんだ。」

「そうだよ、面倒くせぇ。熱くなんな、鬱陶しい。」


「なぁんだとぅ!」


と言うような経緯で、怒った久美子が八九三式を用いたサッカー相撲合戦に切り替えてしまったのだ。


クラスをふたつのチームにわけ、ボールの代わりに、実習用に置いてある直径五十センチメートル程のコンクリート球を蹴りあい、合間に攻撃を仕掛けて敵の操縦する機を叩き落とす。


飛ぶのは自由、攻撃には機に備え付けられている発破用のソニック砲、大型ドリルなどを使う事が許される。機はそれぞれ床に倒れたら戦線離脱で、どちらかのチームが全滅するまで続けられる。


久美子ならではの荒っぽいルールで、二組に分かれてやっていてもほとんどの生徒はかなり初めの方で叩き落とされてしまう。


クラスの中で、久美子と互角に戦えるのは今のところ慎だけだった。


久美子はまるで自分の身体の様に機を操り、抜群の反射神経で次々と容赦なく生徒達の機を倒して行く。慎の方もほぼ同じテンポで敵を倒すから、ほとんどの時間は久美子と慎の一騎打ちになるのが恒例だった。


生徒達も、自分たちがやらされるよりも勝負を見ている方が面白いから、さっさと倒されて見学に廻る。中にはその方が楽が出来るからとわざとやられている者も少なくないのだが、一旦対戦が始まってしまったら最後、頭に血の登ってしまう久美子には気付かれない。


わーっと一際大きな歓声が上がる。


空中で久美子の後ろを取った慎が、足元のブラスターを下に向けて発射すると同時に思い切り仰け反り、生まれた回転力を利用してバックブリーカーをかけたのだ。そのまま久美子の機を床に向かって叩き落とす。


勝負あった!


誰もがそう思った瞬間、久美子の機は地面すれすれの所で片手を伸ばすと、腕一本で床を叩き、反動を利用してくるりと鮮やかにバク転を決めて、すっと立ち上がった。そのまま流れるような動作でソニック砲を構えて打つ。


たちまちの形勢逆転にギャラリーがまたわっと沸く。


「「「「うおおおおっ!」」」」」


投げた反動で天井近くまで飛び上がってしまった慎は、咄嗟に反撃の体勢に入ったが一瞬遅く、腹部にまともにソニック砲を食らってしまった。衝撃でふっと意識が遠ざかり、そのまま落下する。

開いたコックピットから何とか身体を引きずり出し、まだ衝撃の残る腹を庇って立ち上がれないでいる慎に級友達が駆け寄った。


「勝負あったな慎公。」


パシュッと音がして八九三式のコックピットが開いて顔を覗かせた久美子がにやりと笑う。


「くっそ・・・次は負けねぇからな・・・」


荒い息を整えきれずに、それでも気丈に睨みつけてくる慎に、久美子は笑いながら言う。


「かっかっかっ。このあたしに勝とうなんざぁ百年早いわ。」


「くそ・・・来週の三十二番では目にもの見せてくれる。」


「お?空中戦であたしに勝てるつもりでいるたぁ、お前も青いね。かっかっか。ほら、手。」


「ちぇ・・・」


まだ倒れたままだった慎に久美子は手を差し出し、慎はそっぽを向いたがそれでもしっかりと手を握りかえして、引き起こされるままにされた。


その顔が赤くなっているのには誰も気付かなかった。