慎は瞬く間に白金学院での生活に馴染んだ。


季節外れの転入生と言う事で、はじめのうちは素行が決していいとは言えない白金生達に絡まれていた慎だが、優しい面立ちと華奢な外見が見かけだけの事であるとイヤと言う程思い知らされた白金生達は、すぐに慎を慕って止まないようになった。


それでも、白金での生活は慎にとっては驚きの連続だった。


慎の記憶にある限りでは(そもそも人格記憶はほとんどないのだが)、高校と言うものはもう少しソフトなものであったように思う。端末を前にシミュレーションをしたりプログラムを作ったり、科学や古典を学んだりとそう言うものであった。


しかし、白金の場合は全く違っていた。

お勉強など逆立ちしても出来ない彼らには、卒業後に役に立つ実践的なスキルを中心に教えるべきだと言う校長の理念のもと、大人でも音を上げそうな厳しい実践訓練の連続だ。


もちろん、白金生達のほとんどはさっさと音を上げて、空き教室でサボっていたりするのだが。


「あ、おい、慎ー。どこ行くんだよー?」


その日も3Dゲームなどやりながらサボっていた慎とその友人達は、急に立ち上がった慎を見て訝しそうに聞いた。


「んー?第七十八実習室・・・」


「あ、そっか。ヤンクミの授業だもんな。慎ちゃん行くなら俺も行く!」


慎の答えにすぐさま反応したのは熊井照夫、通称クマと言う大柄な男で慎の事を崇拝と言っていい程慕っている純粋な男だ。その裏表のない心情が嬉しくて慎もクマのことを大切に思っている。


「ちぇー、慎がいねぇならコレやっててもつまんねーから俺も行こうっと。」


野田猛がぽんぽんと埃を払って立ち上がった。


「えー、面倒くせぇなぁ、もう。」


「マジかよ、ヤンクミの授業に出たがるなんて正気じゃねぇよ。」


いいながらもうっちーこと内山春彦と南洋一もどっこらせと立ち上がり、のろのろと三人を追いかける。みんな慎が好きなのだ。それに・・・


「ヤンクミの授業になると慎の奴、異様に張り切るからなぁ。」


「そうそう、この前の百八番での慎とヤンクミのサシ勝負は見物だったよなー。」


「おう、ありゃ凄かった。他のクラスの奴どころか先公達まで見に来てやがったぜ。」


「うそっ、マジ?」


「今日は何だ?七十八だから・・・?何だっけ?」


「バカか、手前ぇは。何年ここに通ってやがる。七十八っつたらアレだろ、アレ。」


「ああ、アレか。ってお前ぇも解ってねぇじゃねぇかっ。ボケッ!」


慎のおかげ(?)で苦しいばかりだった実習が、楽しいものになってきていたのだ。そして記憶のない慎にとっても彼らは初めて出来た友人な訳で、久美子の事を差し置いても学校へ来る楽しみのひとつになっている。


久美子か・・・

わいわい騒ぎながら後ろから付いてくる友人達の言葉を聞くともなしに聞きながら、慎は考える。なぜ自分は久美子の事がこんなに気になるのだろう?

変な女だと思う。

美人な訳でもいい身体をしている訳でもない。

華奢なくせに吃驚するくらい強くて、破天荒なくせに繊細な心遣いをみせたりして、どこかアンバランス。

そんな所に惹かれたのか?

それとも単に行く当てのない自分に親切にしてくれたからだろうか。


考えても、いつも答は出ないままだ。