※ドラマ・卒業後。趣味の問題シリーズです。
趣味の問題 〜内山編〜
「あー・・・つっかれたぁ・・・」
深夜の歩道橋で、内山春彦はひとり語ちた。
工事用機械の搬入が遅れ、その影響で資材の搬入が遅れ、当然のように作業も遅れに遅れて、つい今しがたようやく解放されたところだ。遅くなるので食事はいらないと家に連絡してしまった。明日も仕事で早いから、母はもう寝ている頃だろう。
クマの店もそろそろ仕舞いだし、一人で飲み屋へ行く気分でもない。さて、この腹の虫をどうしようかと、先程からあれこれ迷っているのだ。と、そこへ
「うっちやまー!!」
「どわっ、いってぇー」
どかんと体当たりをして来たのは、春彦の元担任、ヤンクミこと山口久美子だった。
「あれ?そんなに力入れたか。現代っ子はひ弱だなぁ」
「ナニ言ってんのー、もう。相変わらず怪力だなぁ。ヤンクミ元気そうじゃん」
「うん。元気元気!ところで内山はこんなところでなにしてんだ」
「実はさあ」
と言うわけで、連れ立って二十四時間営業のファミレスにやってきた。平日の夜と言う事もあって店内はすいている。意外にもほとんど入ったことがないらしい久美子は、目を輝かせてメニューに見入っている。
とにかく空腹を満たしたかった春彦は、特大ハンバーグステーキ、特盛りライス、サラダバー、スープバー、ドリンクバーを注文した上、大ジョッキまで追加した。
「俺はいいけどさぁ」
「うん?なんだ?あ、おかわり下さーい」
自分と同じものを注文した上、早くもビールのおかわりを頼む久美子に、春彦は押されっぱなしだ。皿の上の物も春彦とほぼ同じペースで片付けている。
「あ、内山、お前の皿こっちよこせ。あたしサラダバー取りに行くから内山の分もついでに取ってきてやる」
「まだ喰うのかよ・・・」
呆れながらも、久美子の健啖振りにつられて食事を進めるうちに、春彦も気分が上向きになってきた。溜まっていた仕事の疲れも、ゆっくりと融けていくような気がする。仕事の話、最近のドラマの話、音楽の話と次々と花が咲く。
「でさ、ちっとも連絡がないんだよね。なんか、自分が待っている気になっちゃって。変だよなあ、こんなの」
生徒の話から発展して、久美子の話は元生徒の話へと移っていた。
「俺らんとこにも連絡ないから一緒っしょ。気にすること、ないんじゃねぇの」
「そっか。沢田の奴、お前らとも音信不通かぁ」
「まあ、そう簡単には連絡もつかないんじゃねえの、行き先が行き先だけにさ」
久美子が担任を持っていたクラス、つまり春彦の同級生である沢田慎は、合格していた大学を蹴って、卒業と同時に単身アフリカに渡ってしまった。足掛け二年経った今でもどうしているのかは定かではない。春彦の親友でもある慎は、非常に頭のよい人物ではあるが、それだけに物事を複雑に考えすぎる嫌いがあると、常々思っていた。元のクラスメートたちもおおむね同意見であるから、秀才ってのは生きにくいものなのだと言うのが皆の共通した結論だった。
「だってさぁ。あいつ・・・」
「慎がどうした?」
何気なく聞き返すと、久美子にしては珍しく返答を躊躇っていた。酒の力を借りて更に返答を促すと、ようやく久美子の本音が漏れた。
「あたしのことがさ・・・・」
「うん?」
「あたしのこと・・・趣味、とか言うからさ・・・」
それっきり真っ赤になって黙り込んでしまった久美子を、春彦は複雑な思いで見つめ返した。学生時代の態度から薄々感づいてはいたが、慎は本当に久美子のことを愛していたのだ。極道一家の跡取りの久美子、代議士一族の自分、ふたりの将来を真剣に考えたあげくに、アフリカ行きなどと言う荒唐無稽な選択をせざるを得なかった親友の、苦しい胸の内を思いやって春彦は苦しくなった。
が、今、久美子に必要なのは、そばにいて励ましてやることではないのか。寄り添ってやることこそ、愛ではないのか。戻ってこないなら、俺がもらっちまうぞ。そう思って。
「俺の趣味も山口久美子なんですけど」
「またまたぁ。冗談言っちゃって」
けらけら笑う久美子の首に見慣れたパドロックが下がっているのに気が付いて、あながち冗談でもないんだけどね、の一言を春彦はついぞ言いそびれてしまったのだった。
(了)