※ドラマ・在学中、お付き合い前。黒慎編のその後です。
趣味の問題 〜黒慎編2〜
秋。
山口久美子は挙動不審だった。
遠くを見つめてため息を吐いていたかと思えば、次の瞬間にはうわあっと叫んで走り出したりした。生徒達には原因はさっぱり分からなかった。
冬。
山口久美子は挙動不審だった。
廊下を歩きながらはっとしたように立ち止まり、恐る恐ると言う感じで振り返って、何事もないと胸を撫で下ろしたりした。かと思うと、教室の後ろの階段にじっと身を潜めて、時折、教室内をこっそり伺ったりしていることもある。生徒達にはさっぱり理由がわからなかった。
新学期。
山口久美子は挙動不審だった。
授業中にいきなり振り返ったり、朝の通学路で生徒達に目もくれず一目散に走っていったりした。
今日も廊下の角で向こうを伺っている久美子の姿を見て、生徒達が声をかけた。
「ヤンクミー!」
「うおっ!ああ、びっくりしたー。内山に野田か・・・」
「なによー。オレじゃだめなわけ?」
「てかヤンクミ、誰か待ってんの?」
「だだだ誰も待ってないぞ、うん。あー・・・ときにお前ら。あれはどうした。あの、ささ、さ、」
「ささ?」
「あの、ほらあれだ。お前らといつも一緒にいるだろ、その。あの・・・あいつだよ」
「へ?」
内山達の前で久美子がへどもどしていると、後から声がかかった。
「俺ならここだけど」
突然、慎の声が聞こえて、久美子はわかりやすく飛び上がった。
「ささ、さ、さわっ、」
「何か用か?願書なら昨日見せた通り。もう出したけど」
何でもない!と叫ぶように言うと久美子は廊下を走り去った。担任の挙動不審の原因は、慎以外には誰にもわからなかった。
そして、春。
山口久美子の挙動不審はひどくなる一方だ。
生徒達にかまっている時にはいつもの様に全力で、何らおかしいところはないのだが、ふっと気が緩むとおかしな行動をとりはじめる。この頃になると生徒達も、その原因がどうもクラスのリーダーに関係しているらしいと薄々感づきはじめていた。
その日、久美子はその挙動不審の原因を探しまわっていた。その原因、沢田慎が大学に合格しているにもかかわらず入学手続きをしていないと聞いたためだ。猿渡教頭の言うような白金の点数稼ぎをするつもりはないが、進路が決まらないのなら相談に乗ってやらねばならない。
久美子は、小川の岸辺で暢気に昼寝している慎を見つけてえいっと気合いを入れた。大丈夫、あいつは生徒だ。生徒を指導するだけだ。だから大丈夫。趣味なんか関係ないんだ、うん。
「俺、アフリカに行こうと思う」
「そっか・・・それがお前の選択なら、あたしは応援するよ」
気軽に会いにいけない距離にいってしまうことにちくりと胸が痛んだが、自分の言葉通り、応援しようと久美子は笑顔を作って見せた。慎はそんな久美子の様子をしばらく眺めていたが、やがて首の後に手を回して、在学中、欠かさずつけていたパドロックのペンダントを外した。
「これ、お前にやる」
「え・・・いいのか?高いんだろう、これ」
「白金に転校してから買ったんだ。俺の高校生活って言えるのは、白金だけだ。その間ずっと一緒だった。だからお前に持っててもらいたい」
「・・・・」
慎は絶句している久美子の前に回り込むと、頭を抱き寄せるようにしてペンダントを久美子の首につけた。
ふわっと慎のコロンが香る。唇の下にほくろがある。外跳ねにした髪がくすぐったい。その姿勢のまま、耳元で囁かれる。
「俺の趣味、変わってねぇから」
久美子が真っ赤になって飛びずさる。
「それ見るたびに俺の趣味、思い出せよ」
意味深長な笑顔を残して慎が去っていったあとも、久美子は呆然としたままいつまでも川縁に座り込んでいた。
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続きを、と言うありがたいお言葉を頂きまして、ちょこっとだけ。
慎ちゃんのパドロック、大好きなんです。
あれは中の人の私物で、本来はペンダントヘッドではなく、普通に錠前として売っていたものに革ひもとチェーンにつけて使っていたのだそうです。お気に入りでずっとつけていたらあるコンサート終了後になくなっていたことに気付いたとか。今はもう廃番ですし、中の人がなくしてしまったことで現実世界にはもう存在しなくなり、仮想世界であるごくせんの慎ちゃんだけのものになったのだなぁと思います。
ご拝読ありがとうございました。
2012.4.22
双極子拝