ドラマ・在学中、お付き合いしてません



趣味の問題 〜黒慎編〜



夏休みが開けてしばらくの頃だ。生徒達はまだ休みボケで、まじめに勉強しようなどと殊勝なことを考えている者はいない。少なくともこの3年D組の教室には。


白い紙束を抱えて入ってきたこのクラスの担任、山口久美子は教室を一瞥してひそかにため息を吐いた。


いつもなら教室中に広がって騒ぎ回っている生徒達が、一様に机の上でのびているのだ。よく見ると床に寝転がってる者すらいる。


「お前らー。いくらなんでもだらけ過ぎだろ」


「しょうがねぇだろ、あちいんだからさ」


「そうだよ、これ以上動いたらおれっち融けちゃう」


「パソコン君もいっちゃいそうよー」


久美子はもう一度ため息を吐くと、教卓の前に立った。


「なに言ってんだ。暑い方がテンションもあがるってもんじゃねぇか。夏祭りとか、褌とか。いいこと一杯だろう」


「なにしょーもないこと言ってんだよ」「フンドシとか誰がするんだよ・・・」「熱くなるな、よけえあちい」


生徒達を励まそうといった一言は総すかんを食い、膨れっ面のまま久美子は持ってきたプリントを配り始めた。


このプリントは適職診断票と言って、いくつかの質問に答えていくと本人の性格や指向に見合った職業を判定してくれると言うものだ。もちろん、コンピュータによって統計的な傾向がわかるだけなのだが、進路指導の手助けにはなるだろうと用意したのだ。


「このプリントを記入してください。締め切りは三日後、一週間後に結果が返ってきまーす」


またも生徒達からブーイングがあがったが、その場はそれでおしまいとなった。


そして一週間後。

久美子は沢田慎を呼び出していた。慎の診断結果に「判定不能」と書かれていたためだ。


進路指導室の小さな机に向かい合って座ると、久美子は診断結果を慎に示す。慎はつまらなそうにそっぽを向いている。


「沢田。これはなんだ?」


「別に。見た通りのものだけど?」


「お前、まじめに書いたのか?」


慎はちらりと久美子を見た。


「お前こそ。俺の書いた回答、見たのかよ」


「回答・・・」


そう言えば集めた回答はまとめて業者に渡したから、生徒達の回答は見ていなかった。判定不能、となるからには原因は回答の方にあるに違いない。こんな単純なことに気が付かないとは。久美子は慌てて業者から返却された回答の束の中から慎のものを探しはじめる。


慎はその様子を面白そうに眺めている。


「なんだ、これー!」


慎の回答は、ほとんどの欄が白紙のままだった。これでは判定など出るはずもない。それでも進路指導の手助けになるような回答がどこかにないかと、久美子は丁寧に慎の回答を繰っていった。


と、久美子の手が止まる。


「・・・お前、これはなんだ」


震える指でただひとつ書かれた回答欄を指す。


「見た通りのものだけど」


「趣味、山口久美子ってどう考えたっておかしいだろっ!」


「そう?」


いたずらっぽく笑った慎が、机の向こうから久美子を見つめてくる。

大きな、吸い込まれそうなほど大きな黒い瞳が、ひたと久美子に向けられている。


「・・・・」


ぱくぱくと口は動くが声が出てこない。吸い込まれそうな瞳は、自分だけを映している。


「冗談じゃ、ねぇから」


立上がりざま、耳元でささやかれて久美子の体温は一気にあがった。


慎が出て行く足音がどこか遠くで響く。

放課後を迎えた生徒達の喧噪が聞こえる。

囁きを落とされた耳が熱い。


慎の字で書かれた自分の名前から、久美子はどうしても目が離せなかった。



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黒慎編、いかがでしたでしょうか。

余所の業者に渡すものにそんなことを書くんじゃありません(笑)

誰も待っていないかもしれませんが、つづく、かも。


そしてれもんが様、早速のコメントありがとうございました!もちろんれもんが様のリクですとも。お気に召して頂けるといいのですが。


2012.4.22

双極子拝