原作・卒業後、おつきあい中。「秋霖」の続編。



驟雨



土砂降りの雨の中を、公園まで一気に駈けた。

おかしな格好の滑り台まで来て、柱に手をつく。


こんな雨にも関わらず、荒い息が鳴る音がはっきりと聞こえた。


「うっ・・・うっうっ・・・」


涙が止めどなく流れてくる。

雨が足元に落ちていく。

俺の顎からも、雫がぽたぽたと垂れる。


きっと、これも雨だ。

そんな事をぼんやりと思いながら、俺はしばらくそうやって顔を下げたままにしていた。


激しい雨音に混じって声が聞こえる。


「おーい、おーい、沢田ーっ!さーわーだーっ。沢田しーん・・・」


山口・・・

追いかけてきたのか。


そっと振り向くと、公園の入口からこちらへ向かって走ってくる山口の姿見えた。

傘もささずに、ぐっしょりと濡れている。


それでも、彼女の顔を見る気にはなれなくて。

そちらを向くことも出来ないまま、俺は反対方向へ向かって走り出した。


「待て。沢田、待ってくれ。」


山口の呼声が追いかけてくる。

ジーンズが濡れて脚がよく動かない。

俺は逃げ出したいのか、それとも追いつかれたいのか・・・

こんな所でも年下の甘えが出ているような気がして苦しかった。


自分から踏み出して、きちんと話し合うべきだ。

そう思うのに、俺が出来た事と言えばただ立ち止まるだけだった。


山口の声に振り返ることも出来ない。

せめて少しは格好つけないとと思うのだが、口を開けば山口をなじる言葉しか出て来なさそうで、何も言えない。


俺を騙してたのかよ、とか嘘つき、とか裏切り者、とか、物わかりのいい男なんて演じられない。でも山口があんなことを考えたのは俺を思っての事だとわかるから、罵ることも出来ない。


どちらも出来なくて、俺は立ちすくんでいた。

山口は俺の後ろで黙って立っている。


ふたりの間に冷たい雨が降り続けていた。



ふいに、背中に温かいものが触れた。

振り向かなくてもわかる。山口だ。俺のシャツを握って立ちすくんでいる。


「・・・離せよ・・・」


「・・・・」


「離せ・・・」


「・・・・」


「離せってば!」


いつまで経っても返事が来ないから、苛立ってつい声が荒くなる。


「・・・やだ・・・」


雨音にまぎれてよく聞こえない。

でも確かに今、やだって言った。


「な・・・」


「やだ・・・やだよ・・・沢、だ・・・」

小さな声に嗚咽が混じりはじめたのに気が付いて、俺は慌てて振り向いた。

いつの間にか脇に回されていた山口の腕の中で、くるりと転回して雨に濡れた華奢な身体を抱きとめる。


「なんで・・・?なんでお前が泣くんだよ・・・泣くのはこの場合、俺の方だろう?」


「う・・・くっ・・・さわっ、沢田が、居なくなんの、やだ・・・」


「だって、お前が俺を捨てるんだろう?」


「やだ・・・沢田が居ないとだめ・・・やだよぉ・・・」


「じゃあ、捨てんなよ。」


「でも、もう、決めた・・・から・・・うっ・・ううっ・・・」


「んなの、お前が考え直せばいいだけじゃねーの?」


「うわぁん・・・・」


激しく泣きじゃくる山口との会話は堂々巡りで、ちっとも話は進まない。

山口が俺との関係を維持出来ないと思い込んでいる以上、正攻法で説得するのは難しい。


俺はしばらくの間、山口の身体をそっと抱いたままじっとしていた。

激しい雨の所為で辺りが霞んで見える。

降りしきる雨に閉じ込められて、まるで世界中に俺達しか居ないみたいだ。



やがて山口が泣き止んで落ち着いた頃、俺は話はじめた。


「なぁ、山口・・・俺、終わらせたくない・・・やっと、やっとお前を手に入れたのに・・・お前がすべてをくれたのに、諦めたくない。」


「でも、決めたのに・・・」


「いずれ終わりにするつもりだったんなら、なんで俺と寝たんだよ。俺は、もうこれで二度と離れないですむって、そう思ったのに・・・っ・・・」


「それは・・・」


「なんで?なんでだよ!」


言い淀む山口につい声が大きくなる。まだ俺に未練があるんなら・・・


「どうせ思い通りに出来ないなら、せめて初めては本当に好きな人としたかったんだ・・・これきりでもいいって、そう思ったて・・・だから、もういいから・・・わ、」


「・・・ふざけんな!あんなのやったうちに入らねぇよ!」


「え・・・」


「俺がどんだけ待ったと思ってんだよっ。一回っきりで満足するとでも思ったのかよ!これだけ俺を煽った責任、取ってもらわなきゃ割があわねぇ。大体お前、俺の貞操奪っておいてやり逃げする気かよ。」


「貞操って・・・奪われたのはこの場合、あたしじゃないのか・・・?」


「いーや。俺だね。俺は一生お前以外抱かないつもりだし、お前は俺を捨てて他の誰かと付き合うんだろ?ひどいのはどう考えてもお前の方じゃないか!」


「・・・・」


「だから、お前責任取れよっ。くそっ・・・あと百万回やっても足りねーよ!」


興奮して自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。

涙の跡をつけたまま、山口は呆れた顔をして俺の事を見てる。


「沢田・・・」


「・・・・っ。」


興奮しすぎて言葉が出て来なくなった。何やってんだよ、俺・・・

落ち着こうと空を振り仰いで冷たい雨を頬に受ける。


しばらくそうしていたら背中に温かいものが触れた。同時に胸元にも・・・


「や、まぐち・・・?」


山口が俺の胸に頭を預けてきゅっと抱きしめてくれていた。

俺よりもずっとずっと小さな身体なのに、なんだか包み込まれているような気がする。芯から冷えきった身体にぽっと灯がともったようだ。


「ふふ・・・しょうがないなぁ、沢田は・・・」


「んだよ・・・」


「可愛いな、ってこと。」


山口は俺の顔を見上げてぽんぽんと背中をたたく。

水滴だらけの眼鏡のレンズの向こうで、綺麗な瞳が瞬きもせずに俺を見つめている。

吸い込まれそうな瞳に俺は魅入られて目が離せない。


「俺は・・・っ。」


可愛いと言われた文句を言おうとしたら、もう一度ぎゅっと抱きつかれた。


「お前があんまり可愛いから、あたしがずっと守ってやるよ。」


「・・・バカにすんな・・・それ、俺の台詞だし・・・」


「ふふ・・・そうかもな。」


「な、お前ひとりで背負い込むなよ・・・お前の苦しみとか辛さとか、俺にも分けて・・・?そのために、俺ら付き合ってんだから・・・俺にもお前を守らせてよ。」


「生意気言っちゃって・・・」


「んだよ、そりゃまだ頼りねーかもしんねぇけどさ、俺だって、」


「知ってるよ。」


「え。」


「お前が、頑張ってるのも、いい男なのも、知ってる・・・」


「山口・・・」


「だから、もう少し・・・このまま・・・」


「・・・バカ言え、一生だろ・・・」


「ん・・・」


俺達はまたしばらくそのままそこで立っていた。お互いの体温で冷えきった身体が暖まってきた頃になってやっと互いの身体を離した時には、雨が上がって日が射してきた。


雲間から一筋、微かに差し込む淡い夕暮れの光を見ながら、俺達はしっかりと手を握りあって、一歩を踏み出した。



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原作版の「驟雨」やっと書き上がりました。

今度は乙女久美子さんと男前慎ちゃんのつもりでしたが、結局慎ちゃんがへたれてしまいました。なぜだ(笑)。


2010.10.19