ドラマ・卒業後、おつきあい前。



秋霖



「ちげぇよ!お前はちっともわかってない!わかってないんだ!」


「沢田?沢田、待て!」


制止も聞かず、叫んで俺は雨の中に飛び出した。

折しも秋の空は驟雨に見舞われていて。


血の登った頭を冷やすには丁度いい・・・

そう思って俺は雨の中に身を晒す。


これ以上ここにいたら、誰よりも大切な人を、誰よりも願ってやまない人を手ひどく傷つけてしまいそうだから。俺のわがままで、ヤンクミを傷つけてしまうから。

俺は振り返らずに、濡れるに任せて歩き出した。


切っ掛けは些細な事だった気がする。


ほんのちょっとしたすれ違い、ほんのちょっとだけいつもよりも感情がこもった言葉。

それだけなのに。

気が付けば取り返しのつかない台詞を吐いていた。

言うつもりなど、なかったのに。

いつまでも待てると、思っていたのに。


言ってしまった。


「俺の気持ちなんか、お前にわかる訳ない!」


だけど、吐き出してみて初めてわかった。

俺は、ずっとずっと憤っていたのだ。

彼女の無邪気な心に。

邪な欲を抱く、自分自身に。


彼女を欲していた。

ずっとずっと好きだった。

俺の人生、俺の生きる意味、生きる糧。


彼女が笑ってくれて、彼女が大丈夫って言ってくれれば、それだけで何もいらないと思ったくせに。彼女がいつまでも味方だと言ってくれるだけで、満足だったくせに。

いつか俺が一人前になって彼女が認めてくれるまで待ってると言ったくせに。


不埒な欲望が、溢れて止まらない。


「お前のためならなんでもしてやる。ピンチの時はいつでも呼べよ!

あたしはお前が大好きだ。だって、大切な生徒なんだから。」


無垢な笑顔で言われてしまったから。

お前のそばに居て、お前の特別になれたかもしれないなんて自惚れていたのに。

お前にとっての俺は生徒でしかなかったんだな。


とんだ道化者だ。


雨に濡れるに任せて俺はあてどなく歩いていた。

身体がぐっしょりと濡れて次第に冷えてくる。


ヤンクミの顔を思い出す。

俺を信頼し切った無邪気な笑顔。

裏切る訳はないと、汚い欲望などとは無縁なのだと、俺を信じている。

慈愛に満ちた、だからこそ残酷な笑顔。


その信頼が、俺の心を救ってくれる。

その信頼が、俺の身体を否定する。


ヤンクミが欲しい、と。

純粋な思いで願っているのに。

同時に、この身体で、肉で、滅茶苦茶に蹂躙したいとも願っている。


あの白い身体を組み敷いて。

大切に守っている貞節を踏みにじって。

俺の肉の徴を刻み込んで。

俺だけのものにしてしまいたい。


俺の与える肉で、俺の熱で、彼女が悶え狂えばいい。

二度と俺から離れないように。

愉悦と羞恥と屈辱で、俺に縛られればいい。

俺を忘れられないように。


・・・俺は汚い。

この雨がすべてを流してくれればいいのに。


降りしきる雨は俺の身体を濡らし、身体の芯まで冷やしていく。

髪も頭も、肩も背中も、手も脚も、冷たい雫で凍えていく。


ただ、頬を濡らす雫だけが熱かった。



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せっかくなので、ドラマ版も。

降りしきる秋の雨に、すっかり冷え込んでしまったので

冷えついでに暗いお話を;


原作もドラマもこの「秋霖」のテーマは、若さを持て余す慎ちゃんです。

思いが強過ぎて空回りして、久美子さんを傷つけてしまう事を恐れて逃げるしか術のない、そんな若さです。


お読み頂き、ありがとうございました。


2010.10.12

双極子拝