ドラマ・卒業後、おつきあい前。久美子さんお誕生日作品。



数年振りに会う彼女は、

あの頃と全く変わっていなかった。

そして、俺の気持ちも・・・



しばりたい



目的もなく大学へ通うことに何の意義も見いだせなかった俺は

高校卒業と同時に、逃げるようにアフリカへ行った。

ボランティア活動と言う大義名分に、何かをしているような錯覚を抱いたのだ。


しかし、そんな甘い考えが通用する訳はなく、ここへ来て三ヶ月も経たないうちに

俺は如何に自分が無能であるかを嫌と言う程見せつけられただけだった。


役に立たない自分を持て余し、悶々と日々を送ること、半年。

俺を救ってくれたのは、周囲の大人たちだった。

高校時代、あれほど嫌っていた「大人」たちは、極限の環境の中で

俺をひとりの人間として扱ってくれ、対等の人間として導いてくれた。


ザキさん、坂崎一哉さんは俺たちの団体の世話役的な立場の人で、日本を離れたのは15年以上前だそうだ。


「沢田。お前な、なんで大学へ行かなかった?」


「・・・なんか、下らねぇって思ったんすよ。」


「ここで井戸掘りするよりも?」


「はい・・・」


「こんな事をしていても、意味がないとは思わないか?」


「・・・?」


ザキさんの話はこうだった。

身体一つで細々と井戸を掘れば、少ないながらも住民は救える。

しかし、私兵を持っているような一部の富豪、汚職が横行する官僚達、

私利私欲のために武器を振りかざす警官や軍が、あっという間に力なきもの達から

ささやかな財を奪っていく。


この国を搾取の対象としか見ない先進諸国の企業家達、

それらと結びついて私腹を肥やすことにしか興味のない政治家達・・・

善意の手は、差し伸ばされる端から枯れていき、ささやかな努力は水泡に帰す。


「わかるか?俺たちのやってることは、対症療法に過ぎないんだ。

もっと、根本的な治療が必要なんだ。力が要るんだよ!」


「力・・・?」


「そうだ!経済でもいい、政治でもいい、医療でもいい、建築や科学でもいいんだ。

皆を動かし、社会を変える力・・・『知識』が要るんだ。」


「・・・・」


確かに俺は、ここに来てから自分の無能さ加減に嫌気がさしていた。

馬鹿げているとばかり思っていた大学教育も、俺に取って必要なものかもしれない。

誰かのために、何かをなすために、ささやかながらも社会を変える力。

それが俺にも身に付くのなら・・・


しばらく悩んだ末、俺は日本へ帰って受験をやり直す事にした。

決意を告げると、皆口々に祝福してくれた。

特にザキさんは我が事のように喜んでくれ、たくさんの励ましの言葉をくれた。


帰ってみると、現役時代に合格した大学は入学手続きが済まされており

俺はW大生で、休学中と言うことになっていた。


はっきり言って俺のためにそこまでしてくれるとは思っていなかったので

もの凄く驚きながらも親父に礼を言うと、


「山口先生に感謝するんだな。」


と言われた。

聞けば、ヤンクミがわざわざ家に来て、親父に頭を下げたのだそうだ。


親父は、始めのうち入学手続きなど考えても居なかったのだが、

真摯に可能性の芽を摘まないで欲しい、きっと俺に必要になる日が来るから、

とすごい剣幕で頼むヤンクミに半ば押し切られたのだと、苦笑しながら言った。


そうした経緯で、俺は大学へ通い始めた。


入学前に一言、ヤンクミに礼を言おうと大江戸一家を訪ねたのだが、

遠方の赴任地に居るとかで会う事は出来なかった。


白金も既に廃校になっており、その後もヤンクミの消息はこれと言って聞かないまま

俺は大学三年の終わりを迎えていた。新しい知識を入れるのが面白くて、恋人なども

特には作らず、また興味もなかった。


そんなある日。

駅への近道にと公園の並木道を歩いていた俺は、

向こうからジャージ姿の女がやってくるのに気が付いた。


どこかで見たような、と思って見ていたら、突然


「・・・沢田・・・?もしかしてお前、沢田、じゃないか?」


「・・・ヤンクミ?」


数年振りに合う彼女は、全くと言っていい程変わってなかった。

時間が空いた事など、まるでなかったかのように俺に笑顔を向け、親しげに話しかけて来た。


俺もまた同じようにあの頃のまま話していたら、

心のうちからゆっくりと湧き上がってくる思いに気が付いた。

恋心だ。


そうだった。

俺はこの破天荒な担任教師にほのかな思いを寄せていたんだった。

怒濤のように過ぎる日々の中で、いつのまにか心の片隅に追いやられ

そして忘れるともなく忘れていた思い・・・


それが、鮮やかに甦って来た。

あの頃と同じように、いやあの頃よりも強く、俺はヤンクミに恋しているのに気が付いた。

思いは止まっていたのではない。

胸の内で、俺ですら気付かない奥底で、ゆっくりと育まれていたのだ。

そうか・・・

俺はこれを探していたのかもしれない。


ヤンクミの手が俺の襟元に伸びて来た。


「何?」


「このネックレス、高校の時もつけてたな。懐かしい。」


首にぶら下げている手のひら型の銀色のカデナを引っ張りながら言う。


「いいなー。あたし、お前のこれ、すっごく好きでさー。

いつだったか、自分で探しに行ったんだけど見つかんなかったんだよな。

どこで買ったか、教えてくれよ!」


「いいよ・・・」


「お、じゃあ早速地図描いてもらおっかな。ええと、メモ帳メモ帳・・・」


「案内するよ。」


「え?」


「一緒に行かないか。・・・そろそろ誕生日だろう?」


「うんっ!・・・よくそんな事覚えてるなぁ。

って、ええっ?もしかして、買ってくれるつもりのか?

いいよ、いいよ!」


顔の前で手をぶんぶん振りながら更に頭を左右に振っているヤンクミを見ながら

俺は吹き出した。変わってない、コイツ。ありがとう、変わらずに居てくれて・・・

笑いすぎて滲んでしまった涙を指で拭いながら言う。


「買わせてよ。俺がお前に送りたいんだ。俺の気持ち・・・

お前の事、好きだからさ。」


「ええっ・・・!////」


俺の唐突な言葉に、真っ赤になって固まるヤンクミ。すっげぇ可愛い。

強引に買い物の約束を取り付けて、待ち合わせ場所の相談をしながら

俺はヤンクミの姿をじっくりと眺めた。


さらさらと風に流れる黒髪、内から湧き出るように輝く瞳、

破壊的な強さを秘めている事など思いもつかない華奢で白い手。

彼女を、手に入れたい。


約束の日、店に連れて行ったら俺とお揃いのネックレスを買おうと思う。


鎖に下がった手のひらの形のカデナは、そのまま彼女を繋ぎ止める錠前。

俺の手の代わりに彼女の胸元を掴み、いつかその心臓に届くように、

結ばれた絆がほどけないように、しばりたい。


差し出した手のひらをおずおずと握ってくれた彼女の手を、思いっきり握り返す。


見つめ合う俺たちを、暖かな風が撫でて行く。

明るい日差しが、春の訪れを告げていた。



-------

久美子さん、お誕生日おめでとうございます


そろそろ書かなくちゃ、とか思っているうちに

あっという間に3月が終わってしまいました。

三月は「去る」って本当ですよね(汗)


と言う訳でなんとか滑り込みで書き上げたドラマ版です。

お読み頂きありがとうございました!


2010.4.3

双極子