ドラマ・卒業後、お付き合い前。



05: 射影演算子



射影(しゃえい、projection)とは、物体に光を当ててその影を映すこと、またその影のことである。数学や物理学の文脈では、ベクトルなどのある方向成分を取り出す写像のことを射影あるいは射影子(射影演算子、射影作用素)という。

Wikipedia



いつの頃からだろう。

はじめは後ろ手に庇っていたはずだった。


可愛い教え子のひとりで、無茶ばっかりする受け持ちの生徒の中でも

リーダー格の沢田慎は、率先して危地に飛び込んでいく奴だった。


食べる事に興味のない細い身体で、動くのすら面倒くさそうにしている沢田は

しかし、持ち前の度胸と無謀さで、いつでも誰かのために身体を張るのだ。


決して腕力がある訳でもない。

喧嘩の仕方を知ってる訳でもない。


ただひたすらに相手に飛びかかっていく根性だけで、沢田は殴り合いをする。


まるで自分を痛めつける事が目的みたいに。

殴り合うその行為に自分の怒りをぶつけるみたいに。

傷付く事で復讐しているみたいに。


だからいつも庇っていた。

大人に心を開くこともせず、自分すら愛せないこいつを、あたしはいつも庇ってきた。

すかした顔をしているくせに、心の奥に怪我をして傷付いて、

ひとりで途方に暮れているこいつを、ずっと守ってきたんだ。

どんなに拒まれても、手を差し伸べる事を絶対に諦めなかった。


そうして時を過ごすうち、沢田は少しずつ少しずつ、心を開いてくれるようになった。

荒んでいただけの暗い瞳に明るい灯がともり、友人達やあたしの家の奴らとも

笑いあうようになって、そうしてひとりで立つ事を覚えていった。


それでもあたしは、沢田の事を庇っていた。

卒業してあたしの元を巣立っても、ずっとこいつの事を庇ってやらなきゃいけないんだって

なぜだかそう思い続けていた。


毎日顔を合わせる事はないけれど、沢田はいつもそばに居てくれて。

だから頼られているんだって思ってた。


喧嘩のときも後ろ手に庇って、怪我をしない様大切に守って。


なのにいつからだろう。

戦いの最中、背中に沢田の気配を感じて安心するようになったのは。


「てめぇら、只じゃおかねぇ!沢田、下がってろっ。」


そう言っていたはずの言葉に、いつの間にか


「俺のことはいい、前だけ見てろ!」


そんな言葉が返ってくるようになって。

そのうちに、


「こっちは任せろ!」


そう沢田の返事が変化してもあたしはまだ気付かなかった。


「「「うっせぇ、やっちまえ!」」」


前から飛びかかってきた三人に気を取られて、疎かになった背後でどさりと音がする。

確認するまでもなく、後ろのふたりを沢田が倒したのがわかるから

あたしは安心して一番奥で様子を見ていた親玉に飛びかかる。


気絶したチンピラどもを漫画みたいに積み上げて、あたしと沢田はハイタッチする。


「さ、ずらかろうぜ。」


いつの頃からか、そう頼もしく笑う沢田の温もりが当たり前になって。

背中を預ける事になんの不安も疑問もなくなって。


ああ、この日々がずっと続けばいいなぁって。


そう言ったら沢田は、


「今頃気付いたのかよ、遅過ぎ。」


不敵に笑った。


その顔にときめいたなんて、もうしばらく黙ってようっと。

だって、恥ずかしいもん。



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大変ご無沙汰しております。

双極子でございます。


自分で始めた事なので、ちゃーんとやんないとなーと思いつつ

変なお題・第五弾です。

さてさて、自分で読んでもお題に添っているかどうか

甚だ疑問な仕上がりな上、なんだかどっかで書いたような内容ですが

大目に見て下さると嬉しいです・・・


では皆様、良いお年を!


2010.12.27

双極子拝


2011.2.26   サイトにアップ