ドラマ・卒業後、口説き中。



君の名を



「篠原さん!篠原さんじゃないですか!お久しぶりです。お元気でしたか?」


高校時代の担任の山口久美子、ヤンクミとふたりで歩いていたら、雑踏の中で急にヤンクミが駆け出していって声を上げた。篠原と言う声に思わずそちらを振り返る。


篠原と言うのは、数年前に俺たちが在学していた頃の所轄の刑事で、少年課勤務と言う事から不良少年である俺たち3Dの生徒はよく世話になったものだった。勢い、その担任であるヤンクミとも接点が多かったと言う訳で、他の女性教師とともに飲み会などして親しく付き合っていた相手だ。


おまけにヤンクミは篠原が好きだったみたいで、当時からこの担任に惚れていた俺としては非常に厄介なライバルのひとりだった。最近はほとんど名前を聞かなかったから、てっきり疎遠になったものだと思っていたのに、まだ付き合いは続いていたと見える。


ちょっと悔しくてヤンクミの後を追いかけて後から声をかける。


「ヤンクミ・・・」


「お、沢田。ほっぽり出しちゃって悪い悪い。懐かしい人に会ったもんだからさ。」


「どうも始めまして。こちら、久美の彼氏なの?」


女の声に驚いてそちらを見る。ヤンクミよりも少し上くらいの優しそうな女性が俺の顔を見て笑っている。


「や、やだなぁ。篠原さん。こいつはそんなんじゃありません!

生徒なんですよっ。元の生徒です。」


「あら、そうなの?あんまり仲が良さそうだから、てっきり彼だと思ったのに。」


「違う違う、違いますよぉ。」


ヤンクミは手をぶんぶん振り回して必死になって否定している。何もそんなにまでむきになって違うと言わなくてもいいじゃないか・・・ヤンクミの態度にむっとしつつも、俺を放り出して笑顔で駆け寄っていった相手があの刑事じゃなかった事に俺は心底ほっとしていた。


その篠原さんと手を振って別れた後、俺はヤンクミに聞いてみた。


「さっきのあれ、誰なんだ?」


「ん?篠原さんか?あの人は大学のサークルの先輩なんだよ。すっごくお世話になった人なんだけどさ、ここ何回か、会合があっても擦れ違ってばっかりで会えなかったんだよね。」


「ふーん、仲いいんだな。」


「まあな。今度、一緒に飲む約束したんだ。楽しみ♪」


と、その時はそれで話が済んだのだったが。



それからまたしばらく経って、明日から連休と言う夜、俺はヤンクミに電話をかけてみた。気候もいい事だし、ふたりで少し遠出をしようと誘うつもりだった。そしてあわよくば・・・


「おー、沢田かぁ。久しぶりだなぁ。今度、一緒に遊びに行こうって言ってたのに中々時間取れなくて悪いなー。」


「いや、俺も忙しかったし。ところでさ、お前明日、なんか用あるか?」


「明日?いや、明日はちょっと・・・明後日なら暇だぞ?」


「明日、なんかあるのか?」


「うん、篠原さん達とバーベキューなんだ!」


「ふぅん。」


篠原?ああ、この間の・・・俺は挨拶したときのふわふわした髪と面倒見の良さそうな明るい顔を思い出した。彼女達となら大学時代の仲間だろうか。


「そうだ!お前も一緒に来いよ!お前なら当日いきなりでもきっと大丈夫だ。

な、そうしようよ。千年渓谷まで行くんだよ。連休だし、お前も遅くなっても大丈夫だろ?」


「俺が行ってもいいのか?」


「おう。こう言うのは人数が多いほど楽しいし。友達とか誘って来てくれって言われてるんだ。家族連れもくるしな。それに、」


「それに?」


「お前、器用でマメそうだから!バーベキューにはもってこいだもん。」


「は?俺は下働きかよ。ま、いいや。明日、お前の所へ行けばいいか?」


「うん。材料一杯持っていくから車なんだよ。飲めないのが残念なんだよなー。」


「荷物持ちしてやるから電車で行こうぜ。」


「本当か?やったっ、嬉しい!」


明日の朝、七時に迎えに行く約束をして電話を切ると考える。ま、少々予定とは違ってしまったが、ヤンクミと過ごせるのだから文句はない。


翌日はよく晴れていて、絶好の日和だとはしゃいでいるヤンクミが暴走しないように気を付けながら電車に乗り込む。郊外行きの電車は混んでいて、窮屈に寄り添いあって揺られていると、鼻先にヤンクミのつむじが見えてなんだか可愛い。シャンプーなのか、いつものヤンクミの清潔そうな香りがして、俺は密かにそれを堪能していた。こんなに近付ける機会は滅多にないのだ。


千年山駅から千年渓谷のバーベキュー場までは、バスで二十分だ。今度は席があったからふたりで座って、窓を過ぎて行く景色を楽しむ。新緑が五月の日差しに輝いて、吹く風に草の香りが含まれている。今まで自然の中に出るのはあまり好きではなかったが、こんな風ならいいものだと思える。俺はちらりと隣のヤンクミを見た。窓の外を指して、大きな岩があっただの川が見えただの嬉しそうに話している。


「な、あれ見てみろ!なんだかクジラみたいに見えないか?」


「どれ?」


「もう見えなくなった。あ!あっち!富士山が見えた!」


「本当に?方角が違うんじゃないか?」


「そんなことないぞ。本当に見えたんだから。あっ、滝だ滝。すっごいなぁ。」


ヤンクミは俺の顔を見て、嬉しそうに言う。


「な、来て良かったろ。お前もたまにはこう言う山の空気を吸うのがいいと思うんだ。」


「ああ。来て良かったよ。」


こんなに可愛い顔が見られるのなら、いくらでも。心の中でだけそう返して、ポーカーフェイスを少しだけ緩める。いつも俺が無表情だと嘆いているから、その顔を好ましいと思ってくれるはずだ。


案の定、更に機嫌が良くなったヤンクミとバスを降りて目的地へ急ぐ。

こうして並んで歩いていると、ふたりの仲が一層親密になったようで少し嬉しい。


この後、帰りにでもふたりきりになれたらもう少し進めてみようか。ヤンクミだってわざわざ俺を誘ってくれるくらいだから、決して独りよがりじゃないはずだ・・・


「あ、あそこに皆いるぞ!」


ヤンクミが声を上げて、向こうの集団に盛んに手を振る。


「篠原さーん!お待たせしちゃって♪」


ぱたぱたと駈けて行ってしまったヤンクミを苦笑しながら追いかける。その集団から男がひとりこちらに来る。


「山口先生。遅いので心配しましたよ。迷いませんでしたか?」


その声にどきりとして良く見ると、男は篠原刑事だった。

俺のそばに居た時とは明らかに違う、上気した顔のヤンクミを見て俺はショックを受けた。


「そう簡単には行かないか・・・」


空を仰いでひとり語ちると、俺は気を取り直す。

ま、長期戦は覚悟の上だし、何よりジジイどもになんか、負けてたまるか。


「あら、沢田君。いらっしゃい。」


「あれー?沢田やないの。久しぶりやなー。はよこっち来て手伝ってんかー。」


「あ、慎だ。わーいわーい。」


「良かったなー、裕太。」


「うん♪」


歓迎の声を肩にかけた荷物をもう一度架けなおして、俺はゆっくりと近付いて行った。


せせらぎに木漏れ日が落ちて反射している。

涼やかな風が水面を渡っていった。



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こんにちは。

やっと書き上がりました。長かった・・・


原作とは反対の落ちをつけてみました。

頑張れ、慎ちゃん。サツの手先に何か負けるなよー(笑)

さて、慎ちゃんの運命は如何に。



2010.8.31

双極子拝