Side Drama*



二時限目 確率・統計



からんと音を立てて転がったサイコロが止まると、ほぅっと言う吐息が周囲から漏れた。


「2−4の丁!」


「かぁーっ、また負けたーっ。」


「うわっ、これで何度目だよ。」


「へっへーーん、まだやる気か?」


「おう、これでやめられっかよ。」


「おーし、じゃ、張った張った!」


胴元役の南の掛け声で各々がいい所にかけ、次のサイコロが入った途端、涼やかな女の声が割って入った。


「お前ら、なにやってるんだ?」


「「わっ」」


「ヤンクミ、いつの間に!」


「いきなり湧いてくんな!」


「あー、びっくりした。」


驚いてどよめく生徒達に、久美子は何事もなかったかの様に続ける。


「さ、ホームルーム始めるからお前ら席に着け。」


そこまでの勝負で勝っていた生徒達はおとなしく席に着くが、収まらないのは負けが込んでいた生徒達だ。ちょっとは取り返さないと懐が寒い。


「んなことやってられっかよ!」


「そうだそうだ!こっちは生活かかってんだぞ!」


口々に文句を言う。


「って、お前ら。一体いくらかけてんだよ・・・」


呆れたように久美子は言うが、ふと何かを思い付いたと見えてにやっと笑った。離れた所でひとり様子を見ていた慎は嫌な予感がしたが、黙っている事にした。


「よーし、それ貸せ。あたしがつぼ振りやってやる。気が済むまでかけていいぞ。」


始めはきょとんとしていた生徒達だが、久美子が鮮やかな手つきでサイコロをつぼに振り入れ、すっと伏せた所で実に良いタイミングで、


「さあ、張った張った。」


声をかけたものだから、思わず引き込まれてしまった。後はもう、夢中になって賭けが始まる。結局、勝ったり負けたりを繰り返した末、大勝ちも大負けもいなくなって皆の気が済んだ所で久美子が声をかけた。


「じゃ、最後にあたしと賭けをしよう。」


「へ?」「なんだなんだ?」「何でも来いやーっ!」


「この賭けで勝ったら、向こう一週間数学の宿題は無し。しかも自習にしてやる。」


「「「「おおーーっ!!」」」」


「待て待て待て。負けた場合の条件を聞いてからだ。」


「負けた場合は、この進路調査票を書いてもらう!」


「なんだ、そんな事か。」


「おい、どうするよ?」「数学が一週間無しだぜ。」「乗らなきゃ男じゃねぇぜ。」


「よっしゃー!やるぜヤンクミ!」


結論が出た所で久美子がサイコロを取る。鮮やかな手つきでつぼに振り入れるとぱっと伏せる。一同、固唾を持ち上げられるつぼを見守る。


・・・結果は・・・・


「「「うえぇーーーーーっ」」」


「はい、お前らの負けー♪ いいかぁ、調査票は来週までだからなー。ちゃーんと書いてくるんだぞぅ。」


ぶつぶつ言いながらも調査票を持って帰る生徒達を見送って、久美子も教室を出る。勤務を終えて学校を出ると、校門の所で慎が立っているのが見えた。そのまま肩を並べて一緒に帰る。


「おい、お前。あのサイコロ見せてみろ。」


ふと話が途切れた時、慎が言い出した。


「何の事?」


久美子はトボケるが慎は引き下がらなかった。


「お前、サイコロ持ってるだろ。」


「てへ。」


しょうがないなぁと言う顔をして久美子はポケットからサイコロを出した。何の変哲もないサイコロに見えるそれを、慎は受け取ると調べはじめた。

やがて顔を上げて久美子を睨む。


「やっぱりな。」


久美子はくすりと笑った。


「よく気が付いたな。」


「始めはわかんなかったけどな。万遍なく皆勝ったあたりから・・・な。」


「ははは、お前、いかさま賭博師の素質あるぞ。」


「笑えねぇよ、それ。」


「ははっ。あいつら、気持ちよく引っかかってくれたよ。」


「教え子にいかさま仕掛けるなんて、とんでもねぇ教師だな。」


「ま、そう言うなって。あ、お前今日うちに夕飯食べに来いよ!おじいちゃんも一番負けてるって言ってるし。」


「また鍋かよ。」


「あったり前だろ!鍋ってのはなぁ・・・」


「はいはい・・・」



仲良く肩を並べて帰るふたりの上には、綺麗な夕焼け空が広がっている。

明日も晴れそうだ。