※原作・卒業後、お付き合い前。番外編2008・2009設定なし。
じゃなくて
さっきまでの喧噪が嘘の様に、黒田の屋敷は静まり返っていた。
ウワバミ揃いの黒田一家も、流石にこの時間になると酔い潰れてしまって畳の上で大の字になっていたり、ソファで船を漕いだりと思い思いに眠っている。
あまり飲まないようにしていた慎はあちこちで寝ている男達にタオルケットをかけて回りながら久美子を探していた。もしかしてもう部屋に引き上げたのかもしれないな。
少々がっかりしながら暗い廊下を歩いていると、縁側に座り込んでいる久美子を見つけた。ぼんやりと夜空を眺めている。月の光に照らされたものうげな横顔が綺麗で、慎はしばらく見蕩れていた。
「お、沢田。ご苦労だったな。」
廊下に立ったままの慎に久美子が気付いてにこりと笑う。労いの言葉は黒田一家の者達へタオルケットをかけて回った件らしい。
「別に・・・お前、なにしてんだ。」
「ん?ああ、月が綺麗だぞ。沢田もこっち来て一緒にやらないか。」
暗い縁側で座り込んでいたのは月を眺めるためだったらしい。
涼しげなガラス製の冷酒入れと揃いのぐい飲みが置いてある。
「さ、ほらお前も。」
遠慮がちに久美子の隣に座った慎に、ぐい飲みが差し出され透明な酒が注がれる。
良く冷えていて美味かった。
「ふぅ・・・涼しいな、ここ。」
「だろ。池と木立のおかげでここが一番涼しいんだ。こう言う夜には特等席だ。」
中天に浮かぶ月が池の水面に映えて、そよ風が吹く度にゆらゆらと揺れているのが眼にも涼やかだ。たしかに久美子の言う通り特等席かもしれない。
しかし慎にとっては久美子の隣ならばどこでも特等席だ。それでも久美子の特別な場所にわざわざ招き入れてくれたことが慎には嬉しかった。
そのまましばらくの間、ふたりは静かに酒を酌み交わしていた。
空に浮かんでいた一筋の雲が月を横切って、風景がゆっくりと闇に沈んでいく。
「沢田。お前、大学に好みのタイプの子とかいないのか。」
「・・・いねぇよ。」
「なんだ、天下の東大生なんだから、いくらでもびーな姉さんが寄ってくんだろ。その中にひとりぐらいいるんじゃないの。」
「・・・・」
「お前には家庭的な子がいいと思うな。なんで彼女出来ないんだろうねぇ。」
久美子はくくっと笑ってまたぐい飲みを口にした。
その態度にかちんと来て慎は不機嫌になる。
・・・お前のせいだろ、知ってるはずだ。
言おうとしてじろりと睨むと、久美子の澄んだ眼と視線があって慎はどきりとした。
静かな瞳ははっきりと意思を持って示していた。
その話はするな、と。
ふたりはまたしばらく黙って酒を飲み続けた。
「なんでも話せる相手なんて、お前位しかいないんだよな、あたし。」
「ああ・・・」
うちの事情も知ってて態度が変わらないのはお前位なもんだ、と自嘲気味に言ってまた酒を呷る久美子を見て、慎はそれならなんでと空しい問いかけをしたくなってしまう。
「優しいし、お洒落だし、お前と付き合う子はきっと楽しいんだろうな。」
どのツラ下げてお前がそれを言うんだ、と腹が立った慎は久美子の顔を見てはっとした。
見たこともない程、慈愛に満ちた顔をした久美子がいたからだ。達観したような穏やかな顔を見て、慎はもう何も言えなくなってしまう。
俺の気持ちは知ってるくせに。
なんで受け入れてくれないかもわかっているけど。
でも・・・
いつも堂々巡りで出口のない思いを振り切って、慎は話題を変える。
「今度の休み、ドライブでも行くか。」
「おお、いいねぇ。」
どこへ行こう、あれがしたいと楽しそうに計画を立て始めた久美子に相槌を打ちながら、慎はこの関係はいつまで続けられるのだろうとぼんやりと思っていた。
晴れていた夜空に出ていた月は、雲に隠れてもう見えない。
夜風に揺れているであろう水面も、見えなかった。
------
じゃなくての原作版、やっぱりそのまんまです(笑)。
元の曲は可愛くてポップなのに、なぜこう言うお話が出来てしまうのかはナゾです。ま、才能の限界ですな。
お付き合いありがとうございました。
2011.7.10
双極子拝