※ドラマ・卒業後、おつきあい中。
ハッピー・バースディ
「やっぱあれか・・・あれなのか・・・」
もう間近に迫った恋人の誕生日を前に、山口久美子は悩んでいた。
元教え子である沢田慎と付き合いはじめたのはついこの間のことだ。初めてあった頃には反抗的で野生の狼のようにぎらついていた慎の瞳が次第に和み、若者らしいきらめきに変わって行った様子を間近で見てきて、内側から花開くように男として開花していく姿に心惹かれたのだ。
そして、卒業の日。
真剣な目をして告白してきた慎を、久美子は断った。
逃げたのだ。
それでも慎は諦めず、辛抱強く久美子のそばに居続けた。それから月日が過ぎ、慎がもうすっかり大人になって、確固たる自我を持ちはじめたことを確かめてから、ようやく久美子は差し出された手を握り返す決心をした。
もしも、慎の若気の至りだとしたら・・・その思いがどうしても消えなくて、ずっと躊躇っていたのだ。もちろん、大学進学して広い世界を目にして成長を続けても、慎の気持ちは揺るがなかった。慎は慎で、久美子に心底惚れ抜いていたのだから。
で、久美子が慎を受け入れたその日。
「・・・わりぃ。もう一辺言ってくんねぇ?」
「だ、から、その。いいよ、って・・・」
「それって、俺と付き合ってもいいって意味だよな?」
「そうだよっ。悪いか!」
真っ赤になって言う久美子を、慎は無言で抱きしめた。
高校時代からずっと温めて来た思いだ。
腕の中でちょっと固くなって、わたわたとしながらもおとなしく抱きしめられている久美子を、慎は壊れ物の様にそっとかき抱く。ふわりと甘酸っぱい臭いが立ち上がって、堪らなくなってきた。
「ヤンクミ・・・」
擦れた声で呼びかけると、慎は久美子の顎をついと持ち上げた。
そのままそっと唇を・・・
「ちょーっと待ったぁ!」
触れそうになった途端、久美子の手が慎の顎を押しのける。
「痛ぇよ。少しは手加減しろって。」
「おま、いきなり何すんだ!」
「何って・・・・」
「と、とにかくだ。不純異性交遊とか、そう言うのはだな、教師として・・・」
「俺、もうお前の生徒じゃねぇし。それにもう成人してんだぜ。」
「そっか。って、お前まだ十九歳じゃないか!」
「・・・あと一週間で二十歳だ。ほとんど変わんねぇよ。」
問答無用とばかりに久美子を押さえつける慎と、なおもじたばた暴れて慎の顔を避けようとする久美子で、しばらくの間せめぎあった。
「ストーップ!」
迫ってくる慎からやっとの事で逃げ仰せた久美子は、慎の口を手のひらで塞いで大声を上げた。どうやらとても奥手らしい久美子相手に、自分でも早急すぎるとは思うが、長年積もった思いがあるから慎もそう簡単には後に引けない。
「わかった。未成年の間は我慢する。それならいいだろ。」
「え、まぁ・・・」
そんな出来事があったのだ。
で、昨夜の事。
久美子のもとに電話がかかって来た。
「あ、沢田。どうした?」
『明後日、仕事終わるの何時だ?』
「明後日?ええと・・・あ、その日ならもう盆休みだ。何か用か?」
『じゃあうちに来ないか?』
「お前のうちに?いいよ。何か買っていこうか?」
『お前に任せる。』
「わかった。じゃ、明後日な。」
『ヤンクミ。』
「ん?」
『明後日からはもう俺、未成年じゃないから。』
「え?どう言う意味だ?」
『ま、そう言う事。じゃ。』
謎めいた言葉を残して電話は切れた。
「何だ・・・?」
明後日が何の日だったか、久美子はちょっと考える。明後日って・・・十二日だよな。
「あ、沢田の誕生日じゃないか!じゃあ、ご馳走作って酒買って・・・
あいつも二十歳なんだから飲めるんだよな。それでもって、プレゼントは・・・と。」
そう言えばあいつ、変な事言ってたな。
もう未成年じゃないって、ま、二十歳の誕生日なんだからその通りなんだけど。
酒買って来いって意味かな?
久美子は先週の事を思い出す。
・・・未成年の間は我慢する・・・・
そう、慎は言ったのだ。
何を?
あの時、慎は顔を近づけてきた。つまり、
「やっぱあれか・・・あれなのか・・・」
キス・・・してみたいってこと、だよな?
ま、それぐらいならいっか。いいよ・・・な。うん。
「これはあれか。あたしも遂に、大人の階段を登っちゃうぞーってことかぁ////」
よーし、頑張るぞー!おーっ。
久美子は浮き浮きしながらベッドへ入る。
明後日が楽しみー♪
慎の誕生日当日。無邪気な顔で、プレゼントはあたしよ、なんて慎の部屋で言い放った久美子が、どんな目に遭わされたかは言うまでもない・・・
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慎ちゃんお誕生日おめでとうございます!
二週間も経ってから何言ってるんだか(汗)
黒慎ちゃんの誕生日も八月十二日でいいんですよねぇ?なんとなく原作と同じにしていますが、どうなんでしょ。
お読み頂きましてありがとうございました!
2010.8.28
双極子拝