原作・卒業後、おつきあい中。



ハッピー・バースディ



「やっぱあれか・・・あれなのか・・・」


もう間近に迫った恋人の誕生日を前に、山口久美子は悩んでいた。

つい先月から付き合いはじめた相手は、男前で頭が良くて褌が似合う東大生だ。ただひとつ問題はその相手、沢田慎が元生徒だと言うことだ。


元生徒であるからには当然、年下の恋人である。久美子としては素直に甘えられない。慎と言う男は久美子の性質をよくよく知り尽くしていると見えて、決して無理強いはしないし離れ過ぎもしない。要するに久美子にとっては至極居心地のいい相手なのだ。


久美子は色事が得意な方ではない。いや、はっきり言って苦手だ。

だから、世間一般で言う「恋人同士」がどんな事をするかよく知らないし、知りたいとも思わなかった。組の姐さん達の「教育」のおかげで、おぼろげながらそう言う事をするものだとは判るのだが、さて、いざ自分がとなると何をどうすればいいのかさっぱりわからないのだ。ただ、なにかひたすら恥ずかしい事をしなくてはいけないのだと言うぼんやりした自覚があるのみだ。


慎の方も、特にそれをアピールする事もなかったし、自分たちには関係ないだろうと思っていたのだ。だからふたりの関係は未だ「清い」ままだ。


だが、この間、久美子は知ってしまった。

慎が決して「それ」を望んでいない訳ではないと言う事を。


「あれ、なんだ?」


慎の部屋に来たとき、久美子はベッドのヘッドボードの引き出しからはみ出しているものに気が付いた。スーパーで貰うような白いビニール袋が引き出しから覗いているのだ。


丁度、慎はコンビニに出掛けていて留守だった。

久美子が部屋へ遊びに来たら、何か急ぎだと言ってばたばたと出掛けてしまったのだ。


「すぐ戻ってくるから!部屋で待っててくれ!」


慎はそう言い置くと慌てて出て行った。

いきなり、恋人の部屋でひとり取り残されて久美子はくすぐったい気分になった。

なんだか一緒に住んでるみたいだ・・・


落ち着かないままあちこち眺めているうちに、ヘッドボードの引き出しを見たと言う訳だった。


深く考えもせず、好奇心から久美子はそれを引っ張り出してみた。

袋を引くに連れて引き出しがするすると開いて、それはいとも簡単に手元に来た。

口を開けて中を覗き込む。


「なんだ、これ・・・」


小さな正方形の銀色の包みだった。

中に何か円形の平らなものが入っている。

縁だけが盛り上がって、中心部分は平たい。


手に取ってしげしげと眺めていると、がちゃりとドアが開く音がして慎が戻って来た。


「わりぃ、遅くなっ・・・」


言いさして久美子が手に持っているものに気が付いて絶句する。

呆然と立ちすくんでいる慎を見て、久美子は軽い気持ちで見ていたものが、実は慎にとって見られてはならないものだった事に始めて気が付いた。


「あっ!ごめん。あ、あのはみ出してたから。その、何かなーと思って見ちまった。悪い悪い。」


慎の方へそれを差し出しながら、久美子は誤摩化すように笑う。

ため息を付きながらそれを受け取ると、慎は久美子の顔を見た。


「お前、これが何か判ってねぇだろ。」


「へ?」


「・・・俺の誕生日までお前に預けとく。」


「?」


「意味は自分で考えろよ。」


ぷいと横を向いてぶっきらぼうに言う慎の頬がほんのり染まっているのに気が付いて、気にはなったが、結局、意味が分からないままその時はそれで終わってしまったのだ。



慎がそれを久美子に「預ける」意味が判ったのは、しばらく経ってからだ。

ある日、藤山がプールの更衣室に落ちていたと言ってそれを職員室に持って来たのだ。


「もう、この頃の高校生ったら、こんなことばっかり一人前で。

やぁですねぇ。ほほほほ。」


「ま、性病の知識もなくやるよりはよっぽどいいんでしょうがねぇ。」


江原が首を振りながら言う。


「昔は考えられなかったですけどねぇ。」


丸山がしみじみと漏らして、一同は頷いたのだったが。

久美子はひとりで焦っていた。藤山が持って来たあれは、この間、慎に手渡されたものと同じものだ。先生達の話を総合すると、どうもこれはそう言うものらしい・・・


「おや、山口先生。なんだか顔が赤いですよ。」


「本当だ、熱でもあるのかもしれませんよ。今日は早めに帰った方がいいですよ。」


「あら、ほんと。山口先生、大丈夫?」


「だ、だ、だ、大丈夫ですすすっ。ででも、お言葉に甘えて、今日はもう帰ろうかなー;」


這々の体で逃げ出すと、久美子は慎の言った意味を考える。

これがそう言うもので、誕生日にまでってことは、あいつが欲しいと言ってるのは・・・


「やっぱ、あれか。あれなのか・・・」


プレゼントは、あ・た・し・よ、なーんて一昔前の漫画みたいな事が、まさか自分の身に降り掛かってくるとは思っても見なかった。



どうしよう・・・

いつもの賑やかな夕食の後、一人きりの部屋で久美子は考える。

誕生日は、もう明日だ。

久美子はあれからずっとポーチに仕舞いっぱなしのそれを見る。

それを渡されたときの慎の様子を思い出す。


じっと見ている久美子の瞳に光が凝りはじめた。


「よし!」


力強く頷くと、久美子はぱっとシャワーに飛び込み、京さんが彼女に会う日だけにこっそり使っているボディソープで身体を洗ってまっさらな下着を卸して身につける。


一番気合いの入る服を纏うと、食品庫から特級酒を一本選ぶ。

夜道を飛ぶように急いで、慎の部屋までひた走る。


「よし!」


時計の針が十二時前を指しているのを確認してもう一度気合いを入れると、久美子は慎の部屋の呼び鈴を押した。



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慎ちゃん、お誕生日おめでとう!

って、二週間も過ぎてるよ・・・orz


お誕生日の少し前に七行だけ書けていたのですが、続きが全く進まなくてこんなに引っ張ってしまいました。八月中に終わって良かった。


これからもよろしくお願いします。


2010.8.27

双極子拝