※原作・卒業後、おつきあい前。理系なお題シリーズ。
04:禁制遷移
禁制遷移
[forbidden transition]
禁止遷移ともいう.原子,分子,原子核のエネルギー準位間で,ある近似のもとではおこらないはずなのに実際には別の効果で弱くおこる遷移.
理化学辞典・第五版
ヤバいだろ、これは・・・
久美子は一瞬流されそうになって慌てて自分を引き戻す。
落ち着け、あたし。
こいつは元生徒なんだぞ。
しかも、六歳も歳下だ。
ときめいている場合じゃない。
例えば、例えばだよ。
もし仮にこいつと付き合ったとしてもだ。
その先どうすんだよ。
その、け、結婚とか、その辺の事なんだけどさ・・・////
こいつは若いし男なんだし、慌ててんなこと考える必要はなだろうさ。でも、あたしは違う。いっくら色気がないないと言われ続けていても、こちとらお年頃って奴なんだ。ガキの戯言に付き合ってる暇はない。ないはずなんだけど。
端正な顔で格好よくベンチに座り、あたしの顔を覗きんでいる沢田を見る。
身を乗り出して、あたしの方へ身体を傾けて。
まるであたしの肩を抱くようにさり気なくベンチの背に回された長い腕。
上品に組まれた綺麗な脚はあたしの膝にわずかに触れている。
あたしを見る瞳は、優しくて、熱くて。
可愛くて堪らない、と言う表情であたしの頬に手を伸ばす。
「山口。」
そっと触れた指先にびりりと電気が走ったみたい。
待て。待て待てあたし。
こんなこと、している場合じゃないんだぞ。
自分の年を考えるんだ。
こいつの親の稼業を考えるんだ。
今は良くても、この先袋小路だぞ?
こんな関係、不毛なだけだぞ?
後で泣き目を見るのは自分だぞ?
この年になってこんな先の見えない恋に嵌るなんて間違ってる。
こいつは身近で手っ取り早く若者らしい欲求を満たしたいだけなんだ。
あたしが本気になったら困るはずなんだ。
必死でいい訳を考えるのに、目の前の男の瞳はそれを全部否定してくれちゃって。
この想いが真剣なものだと、深く深く欲しているのだと、ひたすら乞われるその悦び。
愛おしげに頬を撫でていた沢田の指が掌に変わって、頬を包み込まれる。
その温かさにぞわりとした。
同時に懐かしい場所へ還ってきたような安らぎ。
半身を見つけた、その愉楽。
もう戻れないと言う予感への戦き。
色の薄い透明な瞳がゆっくりと近付いてきて、眩しさに目がくらむ。
温かく湿った感触が、唇をかすめていく。
赤い髪がさらりと陽に透けてその刹那、虹色に光って見えた。
「早く落っこちて来いよ・・・」
耳元で囁かれる官能的な声。
ああ・・・溜まった想いが一杯過ぎて。
・・・堕ちる。
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こんにちは。
ここまでおつきあい頂きありがとうございました。
理系なお題の第四弾、「禁制遷移」です。
原子や分子はエネルギーを貰うと光ったり電流が流れたりしてもらったエネルギーを解放します。その解放方法にはたくさんのパターンがあって、その中でも特に起こりにくいものの事を禁制遷移と呼びます。
滅多に起こらないので、長い間エネルギーを溜めた状態に留まる訳です。
どっち付かずの恋心に、想いが溜まっていくって感じが似ているなぁと思うのです。
2010.10.11
双極子拝
2010.12.27 UP