「さ、紅茶を入れましたから。安物のティーバッグで申し訳ないんですけど。」


「・・・すみません・・・」


さっきの出来事の後、泣き止まない由梨子を連れて、良夫は自分の家に由梨子を連れてきた。古い平屋建てで、幾部屋かある様なのに人の気配はない。家財道具もあまりなく、生活感のない寂しい印象の家だった。


取り敢えず居間のちゃぶ台の前に座布団を敷き由梨子を座らせると、しばらく経ってから戻ってきた良夫は、湯気の立つティーカップを差し出したのだ。


良夫は涙の跡が残る由梨子の顔を見つめながら、その顔が次第に落ち着いてくるのを静かに見守っていた。ほんわりと温かいカップは、そのまま良夫の優しさの様で由梨子は段々と心が温まってくるのを感じていた。壁にかけられた柱時計がカチコチと時を刻む音だけが、静かな部屋に響いている。


良夫は何も聞かない。そのさり気ない思いやりが、今の由梨子には嬉しかった。


この人は、なんて優しい人なのだろう。

ふと、孝介の事を考える。鮮烈で、しかし刹那的な人・・・

前向きで無鉄砲で気っ風が良くて、そして一途な人だった。

その激情がいずれ彼自身をも破滅させるであろう事を、極道の家で生まれ育った由梨子はよく分かっていた。


だからこそ逃げてきたのだ。あの熱から、あの狂気にも似た愛情から・・・


「由梨子さん。怖い思いをさせてしまいましたね。本当にすいません。」


「いえ・・・良夫さんの所為なんかじゃ、ありませんから・・・」


「・・・・」


「・・・・」


もう二度と恋は出来ないと思っていた。

いや、しないだろうと思っていた。


でも、心地よさに酔ってしまいそう。

この温かさに包まれてみたい・・・


激しく燃え盛る錬獄の業火のようなあの人への想いが恋だったとしたら、今、この人に感じる温かな想いの名はなんと言うのだろう・・・?


物思いに沈んでいると、良夫が話しかけてきた。


「すみません、独り者なんでもてなすようなものが何もなくて。なんか、お茶請けでもあればいいんですが、生憎なんにもなくて・・・」


「いえ。お紅茶ありがとうございます。とっても温まります。あの、お一人暮らしなんですか?」


「この家は母とふたりで住むために買ったものなんですがね。母は三年前に亡くなりまして。」


「あ、それは、すみません・・・」


「いえいえ、お気になさらないで下さい。あっ、こんな時間に男とふたりっきりなんて困っちゃいますよね。お送りしましょう。ほんと、僕は気が利かなくて。」


すみませんと頭を掻きながら困ったように笑う良夫に、由梨子はまた心が温まる。


「良夫さんと一緒にいて困った事なんてありませんから。むしろ安心します。ずっと居たいくらいです。」


「由梨子さん・・・」


「あ・・・ごめんなさい、ご迷惑ですよね、こんなこと言って////」


由梨子はなるべく軽い感じで言ったのだが、


「いいえ。」


思っていたよりも低い声で良夫の返事が聞こえたので、驚いて顔を上げた。良夫は真剣な顔をして由梨子をじっと見つめている。