由梨子は小さな鏡の前でふわりと回ってみた。


久しぶりに手を通したお気に入りのワンピースの裾がひらりと揺れて脚に絡まり、わずかな引っかかりを残して落ちて行く。その様子をじっと眺めているうち、由梨子は自分が思っているよりも浮かれている事に気が付いた。


「ふふ、変なの。」


市役所職員である山口良夫と、一緒に出掛けるのはこれで三度目だ。

きめ細やかに気を使ってくれるのに決して押し付けがましくなく、派手に散財する訳でもないのに心のこもった取り持ちをしてくれる良夫に、由梨子は今まで感じたことのないような安らぎを得ていた。


孝介の、熱い迸るような情熱と刹那的な愛情は、若い由梨子にとって刺激的で抗しきれない魅力を持っていた。生き急ぐかのような孝介の激情に飲み込まれ、流された。


ふわふわした恋愛ごっこに憧れていた由梨子にとって、孝介は別世界の人間だった。それでも惹かれ続けたのは、争いの中でしか自己を見いだせない孝介に、父の姿を見たからかもしれない。


寮の表側に車の停まる音がして、由梨子は窓の外を見た。

思った通り、停まったのは良夫の車だった。


車を降りてこちらを見上げて手を挙げる良夫に、窓から思い切り手を振って由梨子は大急ぎで外へ出た。あまり待たせては気の毒だ。


「あらま、由梨子ちゃん。お洒落しちゃってぇ。」


「あ、おばさん・・・////」


食堂の渡辺だった。普段あまり見かけない由梨子の服装を見てにやりと笑う。


「それだったらヤマちゃんもイチコロだよ!ちゃーんとモノにするんだよ!」


「な、何言ってるんですか!。」


由梨子は慌てて否定するが、本心ではまんざらでもなかった。良夫は誰が見ても本当に申し分のない好人物なのだ。


「ここだけの話だけどさ。」


渡辺のおばちゃんが急に声を潜めて耳打ちする。


「あたしゃ、あんたとヤマちゃんのこといい話だと思うんだよ。」


「おばちゃん・・・」


「あんたも苦労して来たんだろ・・・ここらで堅気の男と、真面目に将来を考えてみるのも、いいと思うんだよ。」


「・・・・」


「あたしもさ、下らないことで身を持ち崩したクチだからさ。若い娘には幸せになってもらいたいのさ。」


がんばんなよーと言う声援(?)を聞きながら、由梨子は良夫の待つ玄関先へと出て行った。


「お待たせしました・・・」


「いえ・・・」


控えめに言う由梨子を眩しそうにみると、良夫はぎこちなく助手席の扉を開けて誘った。

良夫がいつもよりも無表情な所為で、車内は少し気まずかった。

おばちゃんが変な事言うから・・・


「すみません・・・」


不意に、良夫が呟いた。


「え?」


「なんだか、由梨子さん、いつもと違って見えて。その。」


「あ・・・///」


今日のワンピースは母に買ってもらったものだ。黒田では普通に着ていたが、こんな田舎町では派手過ぎたろうか・・・居たたまれない気持ちになった由梨子を素早く察したのであろう。良夫は慌てて言った。


「あ、そう言う意味じゃないんです。どうも、僕は口べたで・・・その、とってもお似合いだって言いたかったんです。あの、お、お綺麗ですよ・・・////」


頭を掻きながら必死でいい訳する良夫を見て、由梨子の気持ちもほぐれて来た。

お世辞ではない、率直な言葉で褒められて由梨子は感激していた。


今まで回りにいた男達は、「組長の娘」以外の自分を見てくれることはなかったのだから。