※原作・番外編。良夫さんと由梨子さんのお話です。
「いやっ、離してっ」
「待って下せぇ!お嬢っ!」
「私っ、だめなの。見てられないっ。」
「お嬢っ!」
まほろば
食堂にぎっしりと詰めかけた男達のとよみが聞こえる。
皆、思い思いに一日の労働の疲れを癒し、明日に備えて補給をする。
その熱気が広いとも言えない空間に満ちていた。
「A定食、大盛り一丁!」
「はぁい。」
「こっちはカツカレー!!あとビールもな!」
「はいはい。」
「由梨ちゃん、今日も可愛いねぇ。ビール、もう一杯!」
「だーめ、シゲさんは飲み過ぎですよ。」
「ちぇ、厳しいなぁ。あっはっは。」
「由梨子ちゃーん。B定、一丁上がり!」
「はぁい。」
ここ、軍鶏山ダム建設現場の飯場では、最近ちょっとした異変が起きていた。
今までなら黙々と食事を済ませてそそくさと立ち去っていた男達が、酒を頼んで騒ぐようになったのだ。作業員達が飯場内の食堂にたむろする目的は、先月から食堂で働きはじめた由梨子である。
一番近い集落まですら車で三十分はかかろうかと言う山奥の不便な建設現場で、二十五歳だと言う由梨子は皆の心のオアシスとなっているのだ。
まだ若いと言うのに、こんな所で住み込み仕事をしている由梨子には、好奇と同情の目が集まっていた。しかし、由梨子は身の上話ひとつせず、キツい仕事にも荒くれ男の相手にも愚痴ひとつ言わず、毎日一生懸命働いていた。
男達もそれぞれ訳ありの者が多い。家族と遠く離れて働く日々は、大の男でも辛くてたまらない時がある。自然と皆は由梨子を思いやり、娘の様に思っている者も少なくないのだ。
もちろん若い男の中には、不埒な事を考えて深夜由梨子の部屋へ忍び込もうとする者もいるが、それ以上に由梨子を守ろうとする者が多く、たちまちのうち撃退されていた。
由梨子は恋愛には興味がないのか、まったくそう言うそぶりは見せず、特定の男と親しくなる事もせず、ただ淡々と日々を送っている。
朝から晩まで料理・洗濯・掃除に追われる日々を、由梨子は心穏やかに過ごしていた。荒くれ男達と共に暮らしながらその面倒を見る生活は、由梨子にとって慣れ親しんだものであったし、なによりも労働で汗を流す男達の背中は好もしいものだ。
同じ荒くれでも、自分の実家に居た男達とはなんと違う事か・・・
もちろん、ここの男達の仕事だって毎日命がけだ。しかし、意味もなくいがみ合い傷つけあって命を危険に晒すのとは根本的に違う。ここの男達は生きるために身体を張っているのだ。
この生活に由梨子は心から満足していた。