※原作・卒業後、おつきあい前。
真夏日
いくらくそ暑いからと言って、街中で泳ぐのはどうかと思う。
ましてや、さして綺麗とも言いがたい白金川でそれも服のままと言うのは尚更頂けない。赤の他人ならば莫迦な奴だと知らん顔して通り過ぎることも出来たのだが、この赤い髪の東大生には素通り出来ないある事情があった。
ため息を付きながら沢田慎は、河原に集まった黒山の野次馬を掻き分けて前へ出た。
「ったくなにやってるわけ?」
「おー、沢田じゃないか!いい所に来た。ちょっとこいつ引っ張りあげんの手伝ってくれ。」
川に半ばはまり込んでずぶ濡れのままザバザバと水を掻き分けてる女、山口久美子は慎の顔を見るともっけの幸いとばかりに呼びつけた。久美子の手の先には高校生くらいの男がぐったり掴まっていて、傍目にも重そうだ。
自分が濡れるのも構わず、慎は久美子に手を貸して男を引き上げた。
ふらふらと河原にへたり込むところを引き起こして久美子が喝を入れると、男はげほげほと水を吐き出しながら咳き込んだ。
「う・・・ひっでぇ・・・ごほっげふっ・・・」
「ばーか、多勢に無勢で下級生をボコろうなんて企てる方がよっぽどひどいだろ。」
「訴えてやるぞ、この暴力教師・・・」
弱々しいながらも吐く捨て台詞に、久美子はぎらりと目を凝らし、正面から男の顔を見据えて言う。
「あーあ?あたしは水泳の指導をしただけだぞ?す・い・え・い・の!そーうだったよなぁ。」
ドスの利いた低い声と眼光の鋭さに怯んだ男は悔しそうな顔をしつつもおとなしく同意し、河原に転がっていた他の仲間を起こすと一緒にこそこそと逃げていった。その後ろ姿に、
「明日も補習だぞーっ。」
となんとものんびりした声をかけて、久美子はやれやれとこちらを向いた。
「いやー、あいつらをちーっとばかし『説得』してたら手が滑っちまってさ。つい川に放り込んじまったんだよ。あはは。ほとんど自力で上がったんだけどさ、あいつだけ泳げなかったらしくて、こっちまで水浴びするはめになっちまったよ。参った参った。」

「お前、その格好・・・////」
よく見ると久美子は髪までずぶ濡れで、顎からも毛先からもぽたぽたと水が滴っている。濡れた服が肌に張り付いて、身体のラインがくっきりと晒されている。
特に白のTシャツは肌が透けて見えるようで、小振りのブラジャーの水玉模様まではっきりと見て取れる。白いうなじに張り付いた髪が色っぽい。
この無頓着な元担任に、未だ通じぬ恋をしている男としては、この格好は目に毒だし何より衆人観衆に晒されているのは甚だ面白くない。
「お?ああ、濡れちまったな。ま、暑いしこの日差しだ。すぐ乾くだろ。」
何でもない何でもないと笑う久美子に、慎は深いため息を付いた。そう言う問題ではない。夏のことで上着を着ている訳でもなかったから、取り敢えずはおっていた小さなベストを脱いで久美子に押し付ける。
「ほら、これ着とけよ。」
こんなものでも急場しのぎにはなる。
「なんだ、これ?別に寒くなんかないぞ?」
「いいから、着とけよ!」
キョトンとしている久美子に、声を荒げてなおも押し付けるとしぶしぶながらも着てくれて、慎はほっとした。これでやっと目のやり場が出来る。
「おい、サツが来る前にずらかろうぜ。」
手を引かれてぐいぐい連れて行かれてしまう。
「え、なんで俺まで??」
「お前の服も濡れちまったからな。家に寄って風呂浴びてけよ。西瓜もあるしな。」
さも当然と言うように笑いかける久美子に、慎はもう逆らえなかった。
こいつには敵わない・・・
空を仰いでもう一度ため息を付くと、握られた右手をしっかりと握り返して、久美子の濡れた背中を追いかける。ま、今しばらくはこんな関係のままでもいいか。
夏の日差しに白い入道雲が輝いて、ゆっくりと流れていく。
今日も、真夏日だった。
イラスト:尚様
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暑中お見舞い申し上げます。
皆様、如何お過ごしでしょうか。
未だ思いを告げられないヘタレ赤慎ちゃんと無自覚故に振り回す久美子さんの真夏の一コマ、慎ちゃんにはちょこっとだけいい思いをさせてみました。
つまらないものですが、少しでも暑気払いにして頂ければ幸いです。
サイト共々、これからもよろしくおつきあい下さいませ。
2010.8.1
コラボの萌友(めいゆう、と読むんですよ。部首が違うなんて気のせいです!)尚様が、素敵なイラストを描いて下さいました!嬉しくて早速飾らせて頂きました♪ 全く格好を気にしていない男前な久美子さんと見てられなくて目を逸らす慎ちゃんの対比がなんとも可愛いです。透け透けTシャツのエロさと久美子さんの表情のギャップも慎ちゃんを煽ってそうで二度美味しいですね。暑さも吹っ飛ぶ涼しげ(?)なイラストをありがとうございました!
2010.8.21