ウージぬ森で エピローグ
「山口先生、支度できたんか?って、あんたは何喰っとんねん!」
「信じられなーい。花嫁衣装でたこ焼き食べるって、百年の恋も冷めますよ!」
白金時代の同僚、川嶋菊乃と藤山静香が呆れたように言う。
今日は、久美子と慎の結婚式だ。
内輪で格式張らずにやりたいと言う事で、神山のレストランを借り切って立食形式でのパーティをすることにした。
もちろん、大江戸一家としての体面から、そちら関係の披露宴も後日行う予定だ。
その筋の息のかかった料亭で、全国から同業者が集まって盛大に執り行われることになっている。
大江戸一家の四代目(?)を一目見ようと、名立たる極道たちがやってくるだろう。
龍一郎をバックに財力と知力で大江戸の屋台骨を裏から支え、
その名に恥じない格式を持って大所帯を切り盛りしている慎に、不平を唱えるものは誰もいない。
大江戸の未来も、久美子の未来も明るかった。
今日の席には、白金時代・黒銀時代の教え子と同僚、慎の大学の友人たち、
久美子の友人たち、やんばる学園の教え子と同僚も遠いからと数人だけだが出席している。
久美子の付き添いと言う事で、龍一郎の他に若松とテツが堅気の服装で参加している。
地元の商店街からは山のような差し入れが届けられている。
演出と会場は野田猛が一手に引き受けた。
招待客の手配と受付は南陽一がしてくれた。
ウェディングケーキはクマが夫婦で仕上げてくれた。
司会は春彦がかって出て、ささやかだが心温まる宴の席となった。
慎と久美子のたっての希望で、婚姻の誓いは龍一郎の手で、出席者全員を立会人に人前で執り行ってもらった。
慎は厳かに力強く、久美子は嬉しそうに気合いを込めて、それぞれに誓いを立てると
龍一郎に促されて、ふたりは指輪をはめた。
この指輪も猛の手によるもので、水が流れるような曲線に
沖縄の海を思わせる明るい水色の小さなサファイアがはめ込まれている、凝ったものだった。
恥ずかしそうに俯く久美子のベールを上げて、慎が久美子に口付けをすると、
大きな歓声と拍手がわき起こった。
「信じらんねぇ・・・」
笑顔で皆に手を振りながら慎が小さく呟いたのを、久美子は聞き逃さなかった。
「何?」
小声で聞き返すが、慎は頑として答えようとしない。
花嫁の誓いのキスがたこ焼き味だったなんて、誰にも言えないよな・・・
慎は胸の内で呟くと、くすりと笑った。
そこから、場は一気にくだけ、久々に同級生が一堂に会したと言うものあって、賑やかなパーティとなった。
相変わらずピンクに身を包んだ白鳥ひとみが、テツを見つけて「運命の出会いですね」とかき口説いたり、
菊乃と静香が九条拓真に言い寄ったりとあちこちで騒ぎが起こっている。
猛は会場の出来具合と進行を確かめて満足そうに頷くと、静香のところへかけていった。
なつみが慎の同級生に絡まれているところを陽一が助けに入り、
ひとりでカッコつけんなと皆に怒られたりしている。
慎と久美子は、それぞれ会場を回り、皆の祝福を受けたり、お礼を述べたりしていた。
「なあ。寒いな。」
扇子を使いながら土屋光が、目の前の友人に言う。
「「うん。寒い。」」
武田啓太と日向浩介がそう答えて後ろをそっと振り向く。
後ろの壁には、場にはおよそ相応しくない不機嫌な顔をした色男がふたり。
極寒オーラを出しながら、慎の事をじっと睨んでいる。
「なぁ、竜ちゃん。許せなくね?こんな仕打ち。」
「しょーがねーだろ。」
「竜ちゃんはいいのかよ!」
「・・・祝いの席だぞ。自重しろ。」
「うー・・・」
ウェディングドレスの裾をからげて会場中を走り回り、
楽しそうに皆と話している久美子をふたりは恨めしげに見つめていた。
「ヤーンクミ!」
見ると春彦があの可愛いつぶらな瞳をきらめかせて久美子を見つめていた。
「内山!」
「おめでと。長年の思いが実って良かったな。」
「うん・・・沖縄では、ありがとな。お前が来なかったらきっとこの気持ちに気が付けないままだった。
教師も続ける事、出来なかったと思うんだ。だから、ありがとな!」
幸せそうに微笑む久美子を、春彦は心底美しいと思った。
でもま、やっぱ姉ちゃんだよな、ヤンクミは。
ちらっと向こうで談笑している親友を見やる。
こんなとてつもない女、捕まえておくだけの度量があるなんて、やっぱあいつすげえよな。
竜と隼人がこちらを睨んでいるのに気が付いて、春彦はふと悪戯心を出した。
「ヤンクミ、慎がなんか言ってる。おーい、しーん!」
久美子が慎の方へ顔を向けると同時に、慎がこちらを見た。
壁際のふたりがまだこちらを見ているのを確認して、春彦はすばやく久美子の頬に口付けを落とす。
「ひゃぁ!////」
久美子の大声に、慎はしょうがねぇなと言う顔をして春彦を睨む。
こいつは飄々として見えるくせに実は一番たちが悪いんだよな。
おそらくは自分のために気持ちに歯止めをかけてくれたのであろう親友に、
慎は苦笑を返して終わらせたが、収まらないのはこのふたり。
「あーっ、何すんだよ!内山さんばっかりずりーだろ!!」
「・・・・」
竜と隼人はふたり並んでずかずかとやってくると、久美子の両側に立ってそれぞれ腕を掴む。
空港では下に逃げられたから、今度は・・・
狙いすまして顔を近づけるふたりの行動など、とっくにお見通しだった久美子は、
ふたりの顔がすぐ近くに来るまでじっと待ち。
あとちょっと、と言うところで腕を掴まれたまますいっと後ろに反り返る。
勢い余ったふたりの顔は、久美子の上で見事に重なり、
竜と隼人は二度目のキスをしたのだった。
「げ・・」「ぶはっ。」
会場は大爆笑に包まれ、竜と隼人はやってきた慎に小突かれた。
「ま、人のもんに手ぇ出すと、痛い目にあうってことだな。」
「お前ら、進歩ないなぁ。そんなんじゃ、この先苦労するぞ。」
久美子にはクスクス笑われて、泣き面に蜂のふたりだった。
皆に祝福されて、幸せそうに慎に寄り添う久美子の胎内に、
宿ったばかりの新しい命がいるとわかるのは二ヶ月ほどあとの事。
せっかくの新しい職場もすぐに産休で、がっかりする久美子を慰めながら
わかっていて仕込んだ慎は密かにほくそ笑む。
あんまり高齢になると、たくさん生んでもらえないもんな。
それに、これでちょっとは大人しくなってくれるだろうし。
サトウキビのざわめきは、もう聞こえない。
この先も聞こえる事はないだろう。
ふたりなら。
ずっと。
(了)