ウージぬ森で 4
男が訪ねて来たのは、三日前の夕暮れ時だった。
金曜日の夜で、夏休みと言う事もあって早めに帰宅していた久美子は、
夕飯をどうするか考えていたところだった。
家には何もない。買いに行くか、食べに行くか、それとも・・・
呼びかける声が聞こえて、久美子は玄関にでる。
まだ灯りをつけていない事もあって、薄暗い玄関で男の顔は定かではなかった。
「ヤンクミ。」
呼びかけられてそれが生徒らしいと知る。
23、4歳に見える。
とすると東京にいた頃の生徒だろうか。
驚くほど整った顔立ちで、すらりとした立ち姿、黒い印象的な大きな瞳。
こんな子、いただろうか・・・?
「あのう・・・?」
じっと見つめられてドギマギして来た久美子は、沈黙を破るように声をかける。
「俺の事、忘れちゃった?」
黒銀にはいなかった。ならば白金の生徒のはずだ。
あまり印象に残っていない。目立たない生徒だったのだろうか。
名前は確か、沢・・・
上がって来た男にふわりと抱きしめられた。
その香りが懐かしくて、記憶の淵にぽかりと名が浮かんで来た。
「沢田・・?」
腕の中でまだ戸惑っている久美子の顔をくいと持ち上げると、
男は、沢田慎はいきなりその唇にむしゃぶりついた。
驚く間もなく、久美子は慎の唇に溺れていった。
無我夢中で慎の首に腕を回し、ぐっと引き寄せる。
いつのまにか、奥の座敷に寝かされていた。
慎の手によっていかされ、素裸で横たわっていた久美子は、
慎が服を脱いでいるのをぼんやりと眺めていた。
高校時代とは違ったしっかりとした筋肉によろわれた肉体を、美しいと感じていた。
やがて、慎はこちらを振り向くと、ゆっくり覆いかぶさって来た。
「この時を、ずっと待ってた・・・」
それだけ言うと、慎は久美子の中へと入っていった。
はじめは味わうようにゆっくりと。
そして数年間の思いを埋めるように激しく。
慎は久美子を翻弄した。
それが、三日前の事だった。
†††
不意に、慎の言葉が甦る。
「お前だって同じ気持ちのはずだ。」
そうだ。
自分は高校生の慎の事を、深く愛していた。
「そうでないのなら、なぜ俺に抱かれたんだ!
同情か?遊びか?
俺が初めての相手じゃないのかよ。
お前にとって、そんなにちっぽけなものなのかよ!」
そうだ。
愛していたからこそ、あの腕に身を任せたのだ。
たとえずっと一緒にいられなくても。
一生を捧げようと。
ただ一度でもいいからと。
共に生きられないのなら、ずっとひとりで生きていく。
そう決意して。
だが、慎の選んだ道を容認する事だけは絶対に出来なかった。
教え子を極道にするために教師になったんじゃない。
だから。
この気持ちを封印して。
大江戸からも離れて。
一人きりでここにいたのだ。
ずっと、忘れていた。
だから、その傷は今も痛い。
涙が止めどなく溢れて来た。
†††