※ドラマ・結婚後、「ウージの森で」の続編。
「THE MOVIE」の少しあとで小田切竜視点。
ついてない。
本当についてない。
間が悪かったとしか言いようがない。
俺は何度目になるかわからないため息を、そっとついた。
竜の災難
街を一望できる眺めのいい綺麗な病室で、俺は今、針のムシロに座る気分を味合わされている。いや、針のムシロに巻き込まれたと言う方が適切だろうか。
「で?」
ベッドの脇に仁王立ちしている男が不機嫌さを隠そうともせず、聞く。
「てへっ。」
今の状況の根本的原因であるこの女、沢田先輩の妻ヤンクミは、布団で半分顔を隠しながら上目遣いで夫に向かって、照れ笑いをする。
「てへっじゃねぇ。」
沢田さんの手が伸びてヤンクミの額をぱちんと弾く。
「・・・いたいーっ。」
沢田さんの眉間のしわがわずかに深くなる。常人よりも少しだけ濃い顔の所為か、それだけでも周りのものを震え上がらせるには充分な迫力だ。沢田さんが怒るのは尤もだと思う。だってヤンクミのお腹にはふたりの赤ん坊がいる。それなのに、いつもの様に殴り合いをして、いつもの様に缶蹴りをして、あげくの果て切迫流産で入院したのだ。
「どうしてこう言う事態になったのか、説明しろって言ってんの。」
なのにヤンクミはそんな事には動じもせず、今度はへらっと笑いながら、首を傾げる。
「まぁその、あれだ。そう、教育的。うん、教育的指導って奴をだな。」
「は?」
「い、いや、だから・・・その、教え子達がな。」
ヤンクミのいつもの言い訳を聞いて沢田さんの拳がぶるぶる震えている。
「お前は、生徒のためって言ったら何でも俺が許すと思っているのか!」
声を荒げた沢田さんをてつさん達が慌てて止める。
「し、慎さん。許してやって下せえ。」「お嬢は、生徒さん達が何より大切なんで。」
「知ってます。」
沢田さんがじろりと睨むと、てつさん達はすごすごと引っ込んだ。
ヤンクミの困ったような顔を見て、思わず一歩前に出ると、今度は俺が標的になってしまった。
「小田切。」
沢田さんの低い声に、押さえきれない怒りが含まれているのがわかる。
「お前が付いていながら。」
え?え?・・・俺?
俺はヤンクミが妊娠してるのも知ってたからさ、俺の目の届く範囲で精一杯ヤンクミに尽くしたんだ。神出鬼没でどこへでも駆け出していってしまうヤンクミを、必死になって追いかけたのに。
覚醒剤騒ぎが大きくなって、さすがに俺だけじゃフォローしきれないからと俺だって一応は皆に応援を頼んでみたんだ。
その結果、隼人の奴はヤンクミの妊娠がよっぽどショックだったのか、ありったけの有休を取ってロスに傷心を癒しに行くとかいって連絡すらとれなかったし、他の奴らも各々仕事があってすぐには来れそうにないと言うものだったから、せめて俺だけはと必死に頑張ったのに・・・
沢田さんは、丁度、大江戸の仕事で東南アジアの某所に滞在していたとかで、身動きが取れなかったらしい。空港のテレビのニュースでヤンクミを見ながらハラハラしていたそうだが、さすがの沢田さんでもすぐに飛行機を押さえるのは無理だったようだ。内山さんも山奥の現場仕事だったみたいで携帯圏外でテレビすらないらしくて、連絡がつかなかった。
だから、俺だけはと教育実習をほっぽり出してまで、ヤンクミを守ったのに・・・
「すいません・・・」
それでも反省していた俺は素直に謝った。
沢田さんは唇を噛んで沈黙していた。
あれだけの乱闘を繰り広げたと言うのに、びくともしなかったヤンクミの腹の中の子は、学校あげての缶蹴り大会で、遂に音を上げたらしい。翌日、何事もないような顔をして登校してきたくせに、職員室を出て階段を駆け上った途端、ヤンクミは大出血した。
「ヤンクミ!」
階段から落ちてきた身体を咄嗟に支える。
腕の中のヤンクミは真っ白な顔でくたりとしている。
両脚の間に大量の鮮血が広がって行くのを見て、俺は大声で助けを呼んだ。
たちまち学校中が大騒ぎになって、俺は救急車に同乗して病院へ。
意識のないまま処置室に連れ込まれたヤンクミを見送って大江戸一家に連絡をする。
で、てつさん達が息せき切って駆けつけた時には、無事に処置が済んで腹の子も無事が確認されていて、皆でほっとした所に、かつて見た事もないほど厳しい顔をした沢田さんが病院へやってきたんだ。
「・・・・」
ぎろりと俺達を睨みつけた沢田さんは、ヤンクミが目を覚ますまで一言も口をきかなかった。まるで針のムシロだ。重苦しい沈黙が病室を満たし、沢田さん以外の誰もがその空気に耐えきれなくなった頃、やっとヤンクミが目を覚ました。
「あれ?慎、おかえりー♪いつ帰ってきたんだ。
ん?ここどこだ?あれ?保健室・・・じゃないよね。あれー?」
「お、お嬢。お嬢は学校で倒れなすって・・・ここにいる竜さんが病院に運んで下さらなかったら、お腹の中のお子どころかお嬢の命すら助かったかどうか・・・」
「おぅ、そっかぁ。ありがとな小田切!お前、ホントにいい奴だなぁ。教育実習の評価表、オマケしておいてやるからな♪」
「久美子。」
能天気なヤンクミの声を、沢田さんの低い声が遮って、冒頭に戻る訳だ。
事の重大さを全く理解していないヤンクミと、氷のように冷たい沢田さんの声だけが病室に響く。
しばらく聞いていて、俺は居たたまれなくなった。
沢田さんの怒りの原因が、ヤンクミの無茶にある訳でも守りきれなかった俺達にある訳でもなく、沢田さん自身に向いているのだと気が付いたから。ヤンクミもてつさん達も誰もわかっていない沢田さんの本当の気持ちを、握りしめた拳に食い込んだ爪だけが示していた。
沢田さんの怒りと悲しみが刺さるようで。
能天気なヤンクミが少し憎くなったほどだ。
「しーん♪」
説教が一通り終わったところで黙り込んでしまった沢田さんに、ヤンクミが暢気な声で呼びかける。真っ青な顔をして俯く沢田さんはぴくりともしない。
「慎♪、ほら、こっちにおいで。」
ヤンクミは両手を広げて、太陽の様な笑顔で沢田さんを呼んでいた。これじゃあ火に油を注ぐだけだと慌ててヤンクミを止めかけた俺は、沢田さんがふらりと前へ出たのに気が付いて足を止めた。
ふらふらとベッド脇まで行った沢田さんは、ぽすんとヤンクミの腕の中に収まった。
「よしよし。」
わしゃわしゃと沢田さんの髪を撫でるヤンクミ。
そっか、彼女はちゃんと気付いていたんだ。
沢田さんが何を感じていたのか、何に傷付いていたのか。
改めてふたりの絆の強さを見せつけられてちょっと落ち込んだものの、先ほどからの針のムシロのような空気がふっと和らいで俺はほっとした。
てつさん達も同じだったみたいで、顔を見合わせて嬉しそうに笑っている。
ああ、よかったと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「あ、ふっ・・・」
ベッドの方から色っぽい吐息と水音が聞こえて俺はまた固まった。
ああ、ついてない。
本当に俺はついてない。
氷の針のムシロから解放されたと思った途端、今度はピンクの針のムシロだ。
いつ終わるとも知れないふたりのラブシーンを見せつけられながら、俺は何度目になるかわからないため息を、そっとついた。
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こんにちは!双極子です。
今さらなんで「THE MOVIE」なんだと思われる方も多いでしょうが、先月、うちの地方の地上波でやっていたので見てみたんですよ。内容は噂に違わず、だったので「ウージぬ森で」の続きと言う形にして脳内補完です(笑)
慎ちゃんは東南アジア某所に何の用事があったのでしょう。大江戸興産は堅気の会社のはずなのに怖いですねぇ(笑)ちなみに、覚醒剤騒ぎに巻き込まれたのは廉君達で、赤銅の三年生と言う設定になってます。玲太君達は二年生で、大人しく授業を受けてます。
そうと言ったらそうなんですっ!
ご拝読、ありがとうございましたー。
2011.4.16
双極子拝