ドラマ・在学中、おつきあい前。ウージぬ森でのふたり。


君の瞳に


「よっしゃあ。決まったぁ!!」

久美子は鏡を見ると満足そうに言った。

昼休みの白金学院のトイレで化粧直しをしていたのだ。

今日の放課後は、久々の合コン。

化粧に気合いも入ろうと言うものだ。

鮮やかな青のアイシャドウ、くっきり入れたアイラインにゴテゴテのマスカラ、

ぼってり塗った口紅はピンクのラメで光っている。

もう一度満足そうに鏡を覗き込むと、久美子は浮き浮きと教室へ向かった。

五時間目は3-Dの数学だ。

「ファイトゥ!おぅ!」

いつものように小さく気合いを入れると、元気よく教室のドアを開ける。

「お前等!席に着けー。授業始めるぞー!!」

教壇に立って生徒の方を向き直った途端、久美子は激しいブーイングに曝された。

「げぇえ、ヤンクミ、なんじゃそりゃあ!」

「ありえねぇだろ!その顔!」

「すでに公害なんだよ!んな気持ちわりぃもん、見せんじゃねぇよ!」

「ナニ考えてんだよ!」

「今すぐ落とせよ、気持ちわりぃ!」

「ブスは何やってもブスのまんまなんだよ!」

「お、お前等・・・」

口々にバカにされて口を尖らせる久美子を、

教室の一番後ろから見ていた慎はため息をついた。

正直、みんなの気持ちもよく判る。

普段ほとんど化粧しないせいなのか、

たまに気合いを入れるととんでもない顔になるのだ。

それでもそんな姿も微笑ましくて慎は緩む口元を誰にも見られないよう、

机に突っ伏した。

大騒ぎのなかでなんとか行われた授業が終わった。

皆から散々バカにされ、蹌踉と久美子が出て行くと慎はそっと後をつけた。

一度職員室へ寄った久美子はぶつぶつ言いながら保健室へと向かっている。

「ちぇ、まったく。あいつらときたら・・・」

誰もいない保健室の鏡の前にどっかり座り込むと、久美子はリムーバーで化粧を落とし始めた。

そしてもう一度鏡をのぞくとため息をつく。

「きれいになったと思ったのになぁ・・・」

今日の合コンもなんだか上手くいかない気がして、ちょっと落ち込む。

ぼんやりしていたら後ろから肩を叩かれた。

何事かと振り向くと、頬にむにゅっと指が刺さった。

「ばーか。」

いつの間にか来ていた慎に久美子は何かほっとしたような泣きたいような気持ちになった。

「さ、沢田・・・」

「なにため息ついてんだよ。」

「だって・・・」

「お前のセンスが悪いなんて事、今更だろ。」

「失礼な奴だなー。こっちは切実なんだよっ。」

「今日、なんかあんの?」

「うん。篠原さんと合コンなんだ。だからちょっとお洒落したかったんだけど。」

「ふぅん・・・」

慎は化粧が落としかけの久美子の顔を眺めた。

「取り敢えず、それ落とせば?」

「うん・・・」

昼休みに厚塗りした化粧をきれいに落とすと、ファンデーションを塗り直し、

鏡をのぞいてもう一度久美子はため息をついた。

「ヤンクミ、こっち向いてみろよ。」

「何だ?」

「ちょっと目、瞑ってろ。」

慎は久美子のメイク道具を取って器用に化粧を施してやる。

上品でほのかな色気の漂うメイクだった。

「ほぇえ、沢田、何だってお前、こんなことできるんだ?」

「別に・・・絵を描くのと一緒だろ、こんなの。」

「へぇ。お前センスいいんだなぁ。先生は驚いたぞ。」

「いいから。上向けよ。」

「上?」

「そう、顔を上向けて。」

言われるままに上を向くと、マスカラを持った慎の顔が近づいてきた。

真剣な瞳が久美子を見つめている。

大きな漆黒の瞳に吸い込まれそうだ。

柄にもなくどきっとして思わず見つめ返してしまった。

慎はしばらく久美子を見つめていたが、やがて丁寧にマスカラを塗ると

かがみ込んでいた身体を起こす。

最後に離れるときに、指先がわずかに唇に触れたような気がした。

「ほら、どうだ?」

慎の身体が背後に回って久美子の前の鏡を指す。

「わぁ////」

鏡の中には見違えるようにきれいな久美子の姿がある。

強い意志の光を放つ久美子の瞳が一層強調されて美しい。

背後に包み込むように立っている慎が優しく微笑んだ。

「これでいいだろ。」

「うん!沢田、お前やっぱり頼りになるな!」

浮き浮きと鏡を眺めながら心はすっかり合コンへと飛んでいる久美子を見て、

慎は胸の内にかすかな痛みを感じていた。

その気持ちがなんなのか、慎が気付くのはもう少し先の話。