ドラマ・卒業後、おつきあい前。「ウージぬ森で」の慎ちゃん。



変わらないものを、ずっと探していた。

あの日のお前を忘れない。



変わらないもの



どこまでも続く樹々の間を縫って、青い空のもと、ぬかるんだ道が続いている。

古びたジープに揺られて、慎は今、奥地の村へと向かっている。

水脈はあるものの技術やインフラの不足から水を得ることが容易でない村の人々のために

井戸掘りをするボランティアの仕事をしているのだ。

じっとりとした大気が身体にまとわりつき、頭上からは容赦なく太陽が照りつけてくる。

どこまでも広がる鬱蒼と茂った樹々は、人の手を阻み、人の営みを拒絶する。

アフリカ大陸の中では比較的政情が安定しているこの国は、

他の地域のように戦闘に巻き込まれることがないため比較的安全だと言える。

しかし、経済は逼迫し開発に手が回らない地方では、

人々は貧しい暮らしを余儀なくされている。

飲み水を雨水に頼るしかない地方も多く、ボランティア団体による井戸の提供だけが

彼らの手に入れられる唯一と言っていい命綱なのだ。

慎の属するボランティア団体の中でも特に過酷なこの任務に、

進んで就くものはあまりいない。

しかし慎は自分を痛めつけたいと望んでいるかのように、

辛い仕事ばかりを選んで志願していた。

そんな慎の姿勢に仲間達は感嘆しつつも疑問を押さえきれない。

頭もよく、難しい仕事もどんどん覚えて積極的に働く慎を、周りの人間は可愛がっており

管理系のデスクワークに回してやりたいと思う人間も多い。

身体的には楽であろうそんな誘いを慎はすべて断り、敢えて厳しい肉体労働ばかりやっていた。

その理由を問うと、慎は決まって

「自分を甘やかしたくないから。」

とだけ短く答えて詳しい理由を話すことはなかった。

俺が欲しいものは、ちょっとやそっとじゃあ手に入らないからな・・・

慎のその思いは誰にも漏らされることはない。

周りの人間も敢えて問いつめるようなこともなく、

慎はいつも地方を回っては辛い仕事を続けてきていた。


ジープが現地について、井戸のための基礎杭を立てる穴を掘る仕事を始めながら

慎は、アフリカで自分を鍛えようと決意したきっかけとなった出来事を思い出していた。

あれはまだ在学中だった。

大学に合格はしたものの、一刻も早く久美子とともに生きたいと願って

大学を蹴って彼女の生きる世界へ飛び込もうと決意した頃だ。

それを話した訳ではないのに、大学へは行かないと言った慎の言動から

何となく慎の考えていることに久美子は気付いていたのだろう。

ある日唐突に、慎の視線を避けるように顔を背けながら、言ったのだ。

「あたし達、一緒にいない方がいいと思うんだ。」

「なんで・・・?なんで急にそんなこと言うんだよっ!」

「だって、変だろ?あたしは教師だし、家も家だし、お前といるのは不自然だ。」

「そんなこと、変でも何でもねぇよ。

誰かに何か言われてもたって痛くも痒くもねぇよ!

お前と俺がわかっていればいいことだろう?」

「お前のためにもならないと思うんだ。

だから、もう一緒にいない方がいい。うん。」

淡々となんでもないことのように言う久美子に慎は苛立った。

「ふざけんなよっ!」

「お前こそふざけた進路、考えてるだろう?

そんなことしないであたしから離れて、このままいい大学行って、

堅気の若いお嬢さんと付き合って、真っ当な仕事をしながら結婚して、

家庭を築いて。そんな自然な人生を送るのが一番いいと思うんだ。

親御さんだって喜ぶ。それがあたしの望みでもある。」

「・・・ふざけんな・・・!お前がそれを言うのかよっ!

本当にそれがお前の望みなのかっ!」

「ああ。『生徒』が真っ当な道で幸せなってくれるってのが教師の一番の喜びだからな。」

『生徒』の部分を強調して久美子は言った。

「・・・・嘘付け。」

「嘘じゃねぇよ。」

目を逸らして言う久美子に慎は叫んだ。

「偽善だよ。詭弁なんだよ!逃げてるだけだろ?お前は。

生徒から逃げないのがお前じゃなかったのかよ!

嘘ついてんじゃねぇ!」

「あたしの願いはお前が堅気の道で幸せになるってことだ。」

こんな極道もんの女のことなんか忘れてな・・・

その一言は言わずに飲み込んで、久美子は慎を見た。

揺れる思いが表情に出ないよう笑顔を作る。

あたしは上手に笑顔を作れてるか・・・?

「俺は、お前が・・・!」

言おうとした慎の口を久美子は指を立てて止める。

「ストップ。それ以上は言うな。聞きたくない。」

「・・・・! お前だって同じ気持ちのはずだ。」

久美子は黙って首を横に振る。

慎の顔を見ようとはしなかった。

それが返って久美子の気持ちを表しているようで、慎は熱くなる。

激昂が止まらなかった。

「そうでないのなら、なぜ俺に抱かれたんだ!

同情か?遊びか?俺が初めての相手じゃないのかよ。

お前にとって、そんなにちっぽけなものなのかよ!」

久美子はもう一度首を振ると、すっと慎を見上げた。

思わずハッとするほどその瞳は強かった。

「今の台詞は聞かなかった事にしてやる。この話はもう終わりだ。

さ、いいか。お前、ちゃんと大学の入学手続きするんだぞ。

それがお前のためなんだからな。」

「・・・お前、本当にそれでいいのかよ。」

「何がだ?『生徒』が幸せになるってのに、何が困るんだ?」

強い瞳のまま慎を見つめて久美子はきっぱりと言い切った。

「っ!もういい!」

どうあっても久美子を説得できないと思った慎は話し合うのを諦めた。

久美子がどう言っても自分の気持ちは変わらない。

そして、久美子の言葉が真実でないことも、慎は確信していた。

あの日、慎の腕の中で久美子が心を開いてくれたこと。

あのとき、ふたりの気持ちが通じ合ったこと。

離れてしまうのが不自然だと思うくらいに、ひとつになったこと。

それだけはずっと変わらない、真実だ。

言葉など一つも交わさなかったけれど、慎を抱きしめかえす腕の強さが、

触れ合った唇の柔らかさが、しなやかな身体の熱が、久美子の気持ちを教えてくれた。

たった一度きりの契りが、すべてだった。

あの日のお前を、忘れはしない。

俺は絶対もう一度お前を手に入れる。

溢れる思いを噛み締めながら、慎はまた固い土にざくりとシャベルを突き立てた。