※ドラマ・在学中、おつきあい前。「ウージぬ森で」のふたり。
秋空
千切れ雲がのんびりと空を流れている。
空気は澄んで朝晩は冷え込むものの、日中の日溜まりは心地よい。
屋上のベンチの寝心地は上々だった。
「あ、いたいたーっ!沢田ぁ、聞いてくれよ。篠原さんにさー。」
穏やかな微睡みは、辺りを憚らぬ大声で中断を余儀なくされる。
「何?イキナリ。」
ぼんやりと惰眠を貪っていた男、沢田慎は突然現れた担任を物憂げに見やる。
「昼寝なんかしてんるんじゃないっ。起きてあたしの話を聞けってば。」
「はいはい。ふわぁ・・・で?」
しぶしぶ、と言った態を装いながら、それでも身体を起こして聞く体勢になるのは
慎がこの気の合う担任のことを、教師と生徒と言う互いの立場以上に気に入っているからだ。
「あのな、昨日、合コンだったんだよ。」
「・・・ああ・・」
この担任が篠原と言う刑事に憧れて、
盛んに合コンをしては関心を引こうと躍起になっているのは知っていた。
夏休み前までは苦笑とともに聞くことが出来た久美子の合コン話も、
最近ではなぜかあまり聞いてやる気になれない。
胸の内に微かな苛つきを感じるのだ。
それがどこから来るものなのか、慎にもわからないのだった。
それでも、そんな慎の微妙な表情に気付くはずもない久美子は、
毎回のように合コンの報告をしてくれる。
なぜ、慎に話さないと気がすまないのか、久美子にもよくはわかっていない。
しかし、久美子はそれがまるで決まり事のように篠原との色々なやり取りを
慎に報告するのが習慣となってしまっていた。
そして今日も、そう言った話をしにきたのだ。
話の内容は毎回他愛のないものだ。
「・・・でな、あたしがそう言ったらさ、篠原さんに思いっきり笑われちゃったんだよ。」
「ふぅん・・・で?」
「やっぱり、軽蔑されたと思う?」
「ああ。んま、その流れならそうなんじゃねぇ?」
「あーっ!やっぱり?そうだよなー。はぁー、どうしよー沢田ぁ。
この年になるまで恋人も出来なくてさー。
きっとあたしなんかこのまま孤独に年取るんだぁ。わーん。」
「そんなことないんじゃねぇ?」
「む。無責任なこと言うなぁ!」
「じゃ、さ。 ヤンクミ、俺とつきあえば? 俺そんなに顔も悪くないだろ?」
話の流れでさらっと言ってしまった一言に、慎はちょっと驚いた。
あれ、俺なに言ってるんだろ・・・?
「へ・・・?」
一瞬、真剣な顔になって黙り込んだ久美子の目を慎が見つめる。
そのまま慎は思ったことを口にした。
「そうすれば、孤独に年取るなんてこともないぜ。」
「な、何言うんだよ。」
慎の真面目な瞳に呑まれてしまって、久美子の声がかすれた。
真顔で見つめ合うふたりの沈黙は、慎の笑いで破られた。
「ぷっ、すんげぇ顔。なんて顔してんだよ。冗談に決まってるだろ。」
「なぁんだ。じょ、冗談か。驚かすな。」
「ははっ。悪りぃ悪りぃ。」
「もうっ。・・・はぁ・・・恋人、出来ねぇかなぁ・・・」
ふたりで空を仰いで、互いにわからないようそっと息をつく。
冗談じゃなくても、良かったかも。
声に出さずに紡いだ言葉は、慎の心の中だけに仕舞い込まれた。
秋空に白い雲が眩しかった。