カフェからほど近いその店に行くと運良く見晴らしのいい窓辺の席が取れて、

あたしはわくわくしながらメニューを見た。

最近オープンしたばかりのこのフレンチレストランは、いま流行のカジュアルフレンチって奴だ。

ライチタイムはアラカルト中心で値段もお手頃、味は本格と言う庶民の味方のお手本みたいな店だ。

この前テレビで紹介されていて、すっごく来たかったんだけど一人じゃ敷居が高いし、

藤山先生と川嶋先生は

「あかん、裕太は油多いと下痢すんねん。それにあたしもあんなハイカラなもんはよう喰わんわ。」

「あら、あたし先週行ってきましたよ。もちろんおごりでしたけど。

大体、ナニが悲しくて女同士でそんなところに行かなきゃならないんですか!山口先生。」

ってハナから相手にしてくれないし、

篠原さんと来るような店じゃないような気がするし、

うちのもんつれて来るわけにもいかないし、で来そびれてたんだ。

その点、沢田なら一緒に来る相手として百点満点だな。

気楽にしゃべれるし、センスも態度も品もいい。

その上、今は・・・向かい合わせに座った沢田の顔をまともに見られなくて

ちらっと見ると、沢田は女将(っていうのか?)と談笑している。

温かいもてなしで評判の、ふっくりとした女将はフランス人だそうだ。

沢田はペラペラとしゃべっているけど、あたしはあまり聞き取れない。

恋愛映画に出てくるような会話はしてないらしい。

それでも目の前のふたりはまるで映画の世界のようで、あたしはうっとり眺めてた。

「・・・ミ?」

沢田ってこんなに綺麗な声してたっけ。

「ヤンクミ!」

「どわぁ!ななななんだよ、急に大声出すなっ!」

「さっきから呼んでんだけど。」

沢田は笑いながら言う。

こっちは至近距離の笑顔を正面から見ちゃってどぎまぎしてるってのに涼しい顔しやがって。

「今、マダムと話したんだけどさ。メニューに載せてないスペシャルってのがあるみたいだから

それ、頼んでみるか?」

「・・・あたし、よくわかんないから////」

「じゃあ、さっきのを。それから、ワインは?一杯だけ、どうだ?」

女将に注文をして最後の一言はあたしに向かって聞く。

「うん!飲みたいっ。」

即座にそう返したら沢田はくすりと笑ってなんだか難しい名前のワインを注文してくれた。

「ニース風兎肉のファルシでございます。」

「え?あたし食べたことない・・・」

「大丈夫。ヤンクミ好みの味だと思う。まあ食べてみてよ。」

言われて恐る恐る口にしたら

「美味しい!!」

思わず口をついて出た。

沢田も満足そうだ。こういう味が好きなのかぁ。今度作ってやろうかな?

お料理もワインも最高で、本当に来て良かった、って思った。

これからも沢田と一緒に来たいなぁ。嫌とは言わないと思うけど。でもなぁ。

そんな思いが顔に出ていたのか、沢田は面白そうな顔をしてずっとあたしを見ている。

照れくさいからやめて欲しいんだけど。心臓に悪いったら////それから、服を見たいと言う沢田のためにショッピングモールへやって来た。

「何がいるんだ?」

「んー?取り敢えず、下着と・・・」

「待て待て待て、そのレベルからなのかぁ?」

「俺、なんにも持ってねぇし。」

「し、下着、したぎ・・・////」

「ぷっ。冗談だよ。普段に着られるようなもんがいるんだ。」

「じゃ、あそこ入ろ♪」

沢田の腕を引っ張って、お目当ての店に入る。

女物も素敵なのが一杯あってあちこち目移りしていると、沢田が選んでくれた。

「これなんかどうだ?」

「えー?こんなの、着たことないけど・・・」

でも、鏡の前で合わせてみるといつもよりずっと可愛いあたしがいてビックリする。

感心していると、後ろから鏡を覗き込んでいる沢田と目が合った。

気が付いた沢田がにっこり笑う。うわぁ、なんて強烈な笑顔なんだ・・・

そばにいた店員さんも通りすがりのお嬢さんも、残らずノックアウトされてるよ//// 。

「ほら、こんな感じで髪をあげて、胸元にコレ。どうだ?」

沢田が髪をくるくると丸めて頭で押さえる。

体温を感じるくらい身体が近くてドキドキする。

沢田の息づかいまでわかるから、もう我慢の限界で、あたしは奇声を上げて飛び退いた。

「そそそそそ、それじゃぁ、ここれ。かかか買うな。」

慌てて服をまとめて会計をすまそうとしていると、沢田がさっきあたしの胸元に合わせたスカーフを持って来た。

「あ、それはいい。予算オーバーだ。」

「じゃ、俺に買わせて。今日のお礼に。」

「・・・・////」

沢田はあたしが悩んでいた隙にさっさと自分の買い物を済ませたらしい。

ふたりでショッピングバッグを提げてモールを歩いていると、騒ぎに行き合った。

ガラの悪いのが四人、女子高生に絡んでいる。

「おい、にーさん達。天下の往来で野暮なまねは頂けないねぇ。とっととその手を離しやがれっ。」

女子高生の身体をベタベタ触っていたチンピラの腕をひねりながら言うと、そいつが激高しやがった。

「んだとぅ、このアマァ!!」

いきなりナイフを抜いて踊り掛かってくるから、咄嗟の反応が遅れてしまった。

洋服一杯買いすぎた・・・

あたしの身体をさっと引いて、庇うように沢田が前に立つ。

たたらを踏んだチンピラどもが動きを止める。

不思議に思って見上げると沢田の眼に白い光が凝っていた。

ぞっとした。

商売柄、暴力に慣れている奴の眼なんて見慣れていたし

修羅場をくぐった経験だって何度かある。

しかし沢田の眼に凝っている気は、今まで見たどれよりも恐ろしいものだった。

獲物を狙う肉食獣の眼、一撃必殺の戦士の眼だ。

全身から殺気が吹き出している。

「引け。」

低い声で沢田が言うと、気圧されたチンピラどもはクモの子を散らすように逃げて行った。

「沢田・・・?」

恐る恐る呼びかけると、眼の光がふっと緩んで沢田がこちらを向いた。

元の穏やかな顔に戻っている。

「あの・・・」

「ん?」

「すごいな、お前・・・」

「ん? ああ。向こうじゃ強盗殺人なんて日常茶飯事でね。

殺す気で向かってくる奴ばっかだったから、気合い入れとく必要があって。

さっきの奴らは、別に危険な奴らでもなかったし、ま、穏やかに説得したら

帰ってくれたし、いいんじゃないの。」

治安の悪い国のチンピラは、日本のチンピラとはレベルが違うってことか。

それにしても・・・

なんとなく気不味くなって、会話も滞りがちになったあたしたちは、

とぼとぼと大江戸に帰って来た。

「はぁ・・・疲れたなぁ・・」

どさりとベッドに身を投げて、今日の出来事について色々考える。

映画見て、買い物に付き合って、引き換えにご飯食べて、一日中沢田に付き合った。

なんだか色気ないよなぁ。

・・・マブダチ、って感じか・・・?

あの言葉の意味、もう一遍考えてみようっと。

「ええっと『Mon coeur sera toujours pour toi. C'est dur sans toi.』だったよな。

字幕だと、私の心はあなたのもの、あなたなしには生きられない、なんだよ。

愛してる、って意味だよなぁ・・・」

書き出しておいたメモをもう一度ひっぱり出してきて見てみる。

それからまた辞書で確認する。

「ええと、monが私、coeurが心臓、っと。seraは〜する・・?

toujoursがいつも、pour toiであなたと。

私の心臓がいつもあなたと共にあるでしょう。なんだこりゃ。

綴りが違うのかなぁ・・・

mont coeurで山の天辺・・・いや、mon courでうちの庭・・・むむ。

こっちは、dur〜しづらい、sansは〜抜きで、だよな。

それはあなた抜きではしづらいです。??

sans treve〜休みなく、なのか?

はぁ・・・わかんなくなっちゃった・・・」

あたしは書き散らかしたメモを見る。

今日の態度だとやっぱし、告られたってのは気のせいか・・・?