※ドラマ・卒業後、おつきあい前。「帰郷」の続編。
黒い大きな瞳が熱を含んであたしを見つめている。
その瞳が段々潤んでくるのがはっきりわかる。
綺麗な瞳に引き込まれて見つめていると、沢田の顔が近づいてくる。
「ヤンクミ、目ぇ瞑って・・・」
熱い息が頬にかかる。
沢田の唇があたしの唇に触れる・・・あ、柔らかい。
差し込まれた舌があたしの口の中を優しくかき回す。
熱い・・・気持ちよくてどうにかなっちゃいそう・・・
あたしは沢田の首に腕を回してぎゅっとしがみついた。
沢田ぁ・・・
セレンディピティ
あたしはがばりと跳ね起きた。
いつものベッド、いつもの部屋、んでもってぎゅっと抱きしめた枕・・・
はぁ、またこの夢だよ。
この間、アフリカから帰って来たばかりだと言う沢田を泊めた夜から、
あたしは毎晩のようにこんな夢に悩まされている。
あの夜、沢田がやけに瞳をうるうるさせてあたしを見つめていたのまでは
本当にあったことなんだけど、そのあと、あたしは寝ちゃったみたいで、
揺り起こされたら沢田の膝枕の上だった。
「あ、あたしっ?寝てたのかっ?ゴメンッ。」
「寝てたっつっても30分くらいだから。気にすんな。」
「ああああたし、もう寝るな?おおおおやすみっ。」
すっごく照れくさくて、そそくさと寝室へ向かおうとすると、
「ヤンクミ・・・」
少しかすれた声で呼ばれて。
無言で振り向くと、またあの揺らめく瞳に出会ってしまった。
なんだか切なそうな顔だな、と思ったのは一瞬で、
沢田はにっこり笑うと
「おやすみ。」
とてもあたたかい優しい声で言った。
その声音にぽーっとなってしまったあたしは、寝床へ入ってから
あんなこっぱずかしい夢を見たってわけだ。
それからは、毎晩沢田にキスをされている。
夢だって言うのに濃厚で、起きてからもはっきりと感触を覚えている。
人間の想像力ってすごいよな。
あたし未経験なのに、 沢田の舌の感触まで想像しちゃうんだもん。
////あ、自分で言ってて恥ずかしくなって来たよ。
重症だよなー。
その原因もわかってる。
ほら、来た。
「おはよ、ヤンクミ。」
にっこり笑って爽やかに言う好青年は、あれ以来大江戸一家に居候している。
屋根の手入れをしたり、古くなった風呂場の排水溝を直してくれたり、庭木の剪定をしたり、
車のメンテナンスから冷蔵庫の修理までしてのける沢田は、今や大江戸一家には
なくてはならない存在になってしまっている。
おじいちゃんは将棋盤の前から離そうとしないし、テツすら料理の話で盛り上がっているし。
あたしは、この間からの一連の出来事に戸惑ってしまって、自分の気持ちの整理もつかないし
なんとなく沢田と顔を会わすのが気恥ずかしくて、あまり話せないでいた。
取り澄ました綺麗な顔を見ると、夢のことを思い出しちゃって頭に血が上る。
毎朝毎朝、あの夢を見て飛び起きたあとに、爽やかなポーカーフェイスに出くわして
冷静で居られるかってーの。
あたしが赤い顔をしてキョドってても沢田は飄々としていて、何を言うわけでもなく
いつも態度は変わらない。
好きだって告白されたと思ったんだけど、勘違いなのかな・・・
ちゃんと聞き取れたと思ったんだけど、単語の意味を勘違いしてるとか?
まさか、友達としてそばに居たいって意味じゃなかろうな?
聞き取った単語をちゃんと紙に書いてみて辞書で意味を調べたりしているうちに、あたしは段々自信がなくなって来ていた。
あたしばっかりドキドキしていてなんだか滑稽だよな・・・
そんなことを思いつつあたしは並んで歩く沢田の顔をそっと見上げた。
今日は沢田に付き合ってやって街にきている。
日本の映画館は勝手が分からない、などと言うので付き添ってやる事にしたのだ。
「なにが見たいんだ?」
「言ったろ、よくわかんねぇんだって。ここんところ文明社会とは無縁な生活だったからな。ヤンクミのおすすめってなんかあるか?」
「『留置場のメリークリスマス・巡り会い空篇』!!昨日から公開なんだ!」
「じゃあそれ見に行くか。」
「いいのか?すっごく嬉しい!」
映画館につくと、ちょうど次の上映の席が取れて、
沢田はポップコーンとコーラを買って嬉しそうに座席に着いた。
「ほら、ヤンクミも。」
沢田はちゃんとあたしの分も買ってくれていて、渡してくれるから嬉しくなってしまう。
結局、キャラメルポップコーンもコーラもほとんどあたしのお腹に収まった。
苦手だって言うならなんで買ったんだろ?
映画はすっごく面白かった。
感動でぽーっとなって上手く歩けないあたしのために沢田はカフェに誘ってくれて
ストロベリーマキアートをおごってくれた。
「はぁ・・・菅原健様・・・」
「楽しかった?」
「 そりゃもう! 前作のな『留置場のメリークリスマス・伝説巨神発働篇』も前々作の『留置場のメリークリスマス・哀覚えていますか篇』も最っ高だったけど、今回の方がもっと上だあっ!」
「そっか。」
「 だってなぁ、カッコいいもんっ健様!高倉文太様との息もぴったりで。
ふたり一緒に戦うシーンなんて、もう夢に見ちゃいそう・・・!それに、志摩姐さんの美しさったらっ!くぅ〜。小刀をさ、こう逆手に持ってタンカ切るシーンなんか、もう惚れ惚れしちゃったよ。今度練習してみるっ!」
ぶんぶん腕を振り回して力説するあたしを、沢田はにこにこして見ている。沢田もこういう映画が好きなんだー。楽しんでくれたみたいでヨカッタ♪
うきうきしてたら沢田が言った。
「このあとさ、服屋に行きてぇんだけど。」
「んー、案内してくれってか?」
「そ。付き合ってくれんなら昼飯おごるぜ。」
「乗った!どんなところがいいんだ?」
「うーん、やっぱよくわかんねぇからヤンクミのおすすめで。」
「それならば・・・よっし、あそこ行こっ。あ、昼飯が先だよな?それもあたしが選んでいいのか?」
「ああ、頼む。」
「じゃあな、じゃあな、この前オープンしたばっかりのフレンチの店行きたい!」
「よし、じゃ行こうぜ。」