ドラマ・在学中、おつきあい前。セレンディピティシリーズ。


ざわり。

衝動が湧く。

ぞわり。

黒い焔が燃え上がる。

最愛の女に向かって。



熾火



「ああ・・ん、あん、もっとぉ・・・」

赤いジャージがはだけられて、覆いかぶさってきた学生服の男に翻弄されて女が身悶える。

「いやぁ・・・ああん・・・あん、んん・・」

汗が浮かんだ顔の上で眼鏡が曇る。二つに結んだおさげが乱れて白いシーツに散っている。

額に一筋張り付いた黒髪が卑猥だった。

ブチリ

突然画面が途切れた。

「おい、うっちー。人の家に来て何やってんだよ。」

このテレビの持ち主である慎の怒ったような声がする。

「ああーっ!慎ちゃーん、今いいとこなんだから駄目っしょ。」

慎の親友のひとり、内山春彦がもう一度スイッチを入れながら抗議する。

「そうだぞ、慎。それ探すのどれだけ苦労したと思ってるんだ。」

一緒に見ていた南洋一が言う。

「そうそう。慎の好みにぴったりなDVD、探すの苦労したんだぜ。ま、この野田猛様の探査能力に不可能はないって証明したけどな。」

得意そうに野田猛が言う。

「そのポテトチップも開けていいか?」

クッキーを食べ終わったクマこと熊井照夫がのんびりと聞く。

慎は夏休みだと言うのに朝っぱらから押し掛けてきて変なDVDを鑑賞し始めた親友達を眺めてため息をついた。

「お前ら、なんなんだよ・・・」

「まあまあ、いいじゃん。俺らからのささやかなお祝いってことで。」

「お祝い?なんだよ、それ。」

「なーに言ってんだよ、慎。今日はお前の誕生日だろうが。」

「え・・・?あ・・・」

「なんだよ、忘れてたのかよ。」

「せっかく、ビッグでサプライズなプレゼント、苦労して用意したのになー。」

「・・・って、それがこのエロDVDかよ。大体なんでこれが俺のためなんだよっ。」

「えーっ。気に入ったっしょ。『女教師エロ地獄〜愛したのは受け持ちの生徒・ああ、禁断の愛撫に身悶える白い女体〜』見つけるの苦労したのよ、これ。」

「そうそう、こう言うシチュのは結構見つかるんだけど、このビジュアルってのがなかなかなくてなー。ジャージに眼鏡におさげまでかぶってんだ。苦労したぜ。」

「なー。でもま、世の中には慎と同じ位、マニアックな趣味の奴がいるってことなんだよな。俺、勉強になったわ。」

「慎てこう言うのが好きなんだろ。変わってるよなー。」

「・・・お前ら。」

慎の怒りを含んだ声を聞いて、親友四人は爆笑する。

笑い過ぎて涙を流しつつ春彦が言う。

「まあまあ、慎。これ俺らからのプレゼントってことでさ。あとで見て楽しんでよ。それに、今日はもう一つプレゼントがあんのよ。」

「あ、そろそろ時間だな。おい、テレビ消せ。」

「おう。」

「なんだよ?」

ピンポーン

「お!時間ぴったり。」

「・・・はい?」

訝しがりながら慎がドアを開けると、妹のなつみが立っていた。

「お兄ちゃん!」

「なつみ・・・お前、どうしたんだ?」

「お兄ちゃん、お誕生日おめでとう!」

言いながら綺麗な紙袋を慎に渡す。中から甘い香りがする。

「お兄ちゃんの好きなフルーツケーキ、焼いてきたんだ!」

甘さ控えめでラム酒漬けドライフルーツがたっぷり入ったこの焼き菓子は

なつみの得意なもので慎もお気に入りだった。

「サンキュ。」

「じゃ、おじゃましまーす!さ、入って下さい。」

「まだ誰かいるのか?」

部屋へ入りながら後ろへ向かって声をかけたなつみに慎が聞く。

「うん!ほら。」

なつみの後ろから、現れた人影は、

「えへへ、来ちゃった♪」

にまっと照れ笑いをしている担任だった。

八月に入ってからはこれと言って会う理由もなく、イライラと面影を求めてはため息をついていた、片思いの相手だ。

はっと気がついて部屋で寛ぐ親友達を見れば、してやったりと皆ニヤニヤしている。

もう一つのプレゼントってこれかよ・・・

なつみも含めて五人で示し合わせて、慎のために担任をここへ連れてきてくれたらしい。

気が付いてじろりと睨んだが、半月ぶりに見る恋の相手が嬉しくない訳はなく

誕生日だと言う事もあってありがたく厚意を受けることにする。

もっとも、そんな感情は全く表に出されることはなかったのだが。

皆で部屋に落ち着くと、慎がコーヒーを入れなつみのケーキと久美子の差し入れ(テツが腕を振るった本格和食の三段重)を皆でつついてお祝いをする。

「そうだ、沢田!誕生日のプレゼント、持ってきてやったぞ!」

「え・・・」

思いがけない申し出に慎はびっくりする。

そんな気配りをするタイプには見えないからだ。

実は、親友達四人の涙ぐましい説得の賜物なのだ。

久美子もなんだか違和感を感じつつも、家にたくさん積んである彼方此方からのお使いものの山の中からいいのを選んで包装し直して持ってくる事にした。

生徒ひとりだけ特別扱いをしてお金を使った贈り物は出来ないが、家にあるもののお裾分けならばいいだろう、と言うのが久美子の妥協点なのだ。

久美子の家には商売柄、贈り物がいつでもあるし、仲間内の祝い事の引き出物や商店街のイベントの景品、お祭りの奉納品までたくさんの品々があるのだ。

その中から久美子が選んだのは・・・

「目覚まし時計?」

包装を開けた慎がつぶやく。

それは、菅原健がドスを抜いて構えている精巧なフィギュアが夕日の街をバックに立っていると言う派手なもので、モノトーンの慎の部屋では浮きまくっていた。

隅の方に小さな文字盤があって、長針と短針はそれぞれ太刀と脇差しになっている。

「おう!時間が来ると音楽がなるんだぞ。これでもう遅刻のいい訳は出来ないんだからな!」

春彦達がアラームをセットして鳴らしてみると

ちゃらんら ちゃ〜んらんらら らららーらーら

間抜けな音で兄弟仁義が流れ始めた。

「いい曲だろう。」

久美子はうっとりとしているが、皆はあっけにとられている。

「いや、お前、これあり得ないだろ!」

「なんでこんな変なのわざわざ選ぶんだよ!」

「どこがいい曲なんだよ。」

「頭おかしいだろー。」

口々に言われて反論できなくなった久美子は助けを求めるように慎を見た。

吹き出しそうになる口元を必死で押さえていた慎は、急に顔を見られてちょっと焦る。

表情を見られないよう顔を背けると出来るだけさりげなく言った。

「ま、いいんじゃねぇ。」

「ホントか?沢田ぁ、お前いいセンスしてるじゃないか。」

嬉しそうに微笑んだその顔にざわりとした。

可愛い・・・

そんな慎の気持ちをよそに、皆は騒ぐだけ騒いでやがて飲み物がなくなったと言い出した。

「じゃー、ちょっくら買いに行くべ。」

春彦がそう言うと、なつみも立ち上がった。

「あ、あたしも行きます。」

「俺も。」「おれもー。」

「おい、クマ。お前も行くぞ。」

あっという間に久美子を除く全員がいなくなってしまった。

「なんだぁ、あいつら。」

「ま、いいんじゃね?すぐ帰ってくんだろ。」

ふたりきりの部屋に沈黙が落ちてきた。

久美子はそわそわしながらベッドの脇に座っている。

白い首筋が眩しい。

慎の脳裏に先ほどのビデオの女がよみがえる。

この女をひん剥いて、組み敷いて、そして。

ざわり。

衝動が湧く。

慎の耳に先ほどの女の嬌声がひびく。

手指を身体の隅々まで這わせて、体中に口付けして、そして。

ぞわり。

黒い焔が燃え上がる。

目の前の白い肉体を蹂躙したい。

ごくり。

喉が鳴って、慎の手が久美子の肩へと伸びていった。

久美子は向こうを向いてクッションに手を伸ばしている。

周りの音が聞こえなくなる。

じわり。

黒い焔が燃え広がる。

からからに乾いた口で慎は久美子を呼ぶ。

「ヤンクミ・・・」

慎の手が久美子の背に届きそうだ。

肩をつかんで引き寄せて、引きずり倒して、組み敷けば。

何も知らない久美子は無邪気に振り返る。

「なんだ?」

むにゅ。

振り返った久美子の柔らかい頬に、慎の人差し指がめり込んだ。

「ばーか。」

バカにされたような口調で慎に言われて久美子は口を尖らせる。

「な、なにすんだ・・・」

「緊張してっから。」

「バ、バカ言え〜。」

言いながらも久美子は沈黙が破れてほっとしていた。

「時計、ありがとな。」

「おう。大事にしろよー。お気に入りのコレクションの一つなんだからなっ。」

疑うことのない無邪気な笑顔に、黒い衝動がゆっくり消えていくのを感じて慎はほっとした。

もうすぐ皆が帰って来る。

それまでにはこの黒い焔も消えてくれるだろう。

慎はそう思ったのだったが。


一度燃え上がった焔が、心の奥底で熾火のように

この先ずっと燻り続けていくことをることになるのを、

慎はまだ気が付いていなかった。