※怪物くん&チョコビのドラマ版クロスパラレル番外編。
坊ちゃんがまた逃げ出したようです
ここは怪物ランドの名家、エカッキー伯爵の館。
広い屋敷の東翼にある日当りのいい居間で、ぶつくさと不満を言うものがあった。
ロココ調で統一された豪奢な居間の、肌触りの良い絹地のソファにだらしなく寝転がっている人物は、頬に生えている固い髭を弄りながら、愚痴を言い続ける。
「それでさぁ、今日はよー。いい天気だから昼寝でもすっかと思ってお城の屋根に上ったんだよ。あ、屋根に上がる方法はこの間教えたろ?あれじゃなくってな、もうひとつ地下から抜ける秘密の通路があるんだ。」
「・・・・」
「滅多に見つかんねぇのに、今日に限って見つかっちまってさ。事もあろうに怪子ちゃんにだよ。あいつ、まじうっせーから振り切って逃げてきたんだ。お前がいて助かったよー。」
「・・・・」
「怪子ちゃんてばよ、俺とママゴトするとか言ってんだぜ。将来のヨコウレンシュウよーとかいって。だいたいヨコウレンシュウってなんだそれ。喰えないなら興味ないって言ったらものすげぇ勢いで怒りやがってさ。命からがら逃げてきたんだー。やってられっかっての。」
「・・・・」
「お前はいいよなー、気楽な身分でよー・・・って聞いてんのかよっ!」
「・・・んー・・・」
愚痴を言い続けているのは、この怪物ランドのお世継ぎ、太郎王子だ。
それを先ほどから生返事で受け流しているのはエカッキー伯爵家の嫡男、一郎だ。
エカッキー伯爵家は先祖代々、怪物大王家お抱えの絵師を生業としている。王族の肖像画を描くには『絵姿御免状』を必要とするのだが、それを維持するためには膨大な力がいる。ましてや実際に絵を描くなどとなるとさらに強い力が必要となるのだ。エカッキー伯爵家では、血統をもってその力を維持し、五十九代に渡ってお抱え絵師の立場を守っているのだ。
と言うわけで、伯爵家の長男たる一郎は、今日もせっせと絵を描く練習に励んでいるのだ。
ちなみに、怪物ランドの王子である太郎の母親、すなわち王妃はエカッキー伯爵家の当代当主の姉である。つまり太郎と一郎とは従兄弟同士なのであった。
「おいっ、一郎、一郎ってば!」
「・・・うっせぇ・・・じゃますんな・・・」
一郎の低い声を聞いて、つまらなそうに寝返りを打った。これ以上言うと面倒くさいことになる。
太郎と同じく、勉強も努力もニガニガ草も嫌いでわがまま一杯に育った一郎だが、絵を描くことだけは大好きで、ときに寝食すら忘れて没頭するのは、やはりもって生まれた血と言うものなのだろう。
静かな居間に、一郎がかりかりとスケッチを続ける音だけがしている。
ちょうど日当りがいい事もあって、太郎はうとうとし始めた。
静寂は急に破られた。
「坊ちゃまー!おやつの時間ですよー!!」
バタンと乱暴に居間の扉が開けられて、黒いドレスに白エプロン姿のメイドが、どかどかと足音を立てて入ってきたのだ。
「おう、クミコ!」
「あ、タロちゃん。来てたんだ。おやつ食べる?」
一郎付きのメイド、クミコとは小さい頃からの馴染みである。
他人行儀なのを嫌がる太郎の命令で、この三人でいる時は敬語は使わないようになった。
今ではすっかりクミコも含めて家族のような間柄だ。
「あっ、クミコっ。待ってたんだよっ。早くモデルになってくれ、続きかけないから。」
「坊ちゃま、おやつですよ。いらないなら食べちゃいますけど。」
「あ、大丈夫大丈夫。俺が喰うから。」
「お前にはやんねぇぞ、タロー。」
「んだよ、お前ぇはあっちで絵、描いてればいいんだよ。」
「んだとう、逃げてきたくせに偉そうに。」
「やるかぁ!」「こいつっ!」
取っ組み合いの喧嘩を始めたふたりを、クミコはのんびりと眺めている。
銀盆に載せて持ってきたお茶とお菓子をテーブルに並べ、程よく蒸らされた紅茶を注ぐ。
「一番ウマいのはチョコに決まってんだろ。」
「ビスケットだろ、普通。」
言い合いを続けるうち、いつの間にかふたりの喧嘩の主題が変わっている。
チョコだビスケットだと言いあっているうちに、
「「チョコもビスケットも両方食べたいんだ!!」」
ふたりとも合意したらしい。
と、そこでさくりと何かを齧る音がした。
太郎と一郎が同時に振り向いた。澄ました顔でテーブルについているクミコが、何かを食べている。
「あーっ!」「それなんだ!」
「ん?美味しいよ?」
慌てて駆け寄って皿に並べられたお菓子を確認する。
「表がチョコで裏がビスケット!」「表がビスケットで裏がチョコだ!」
「逆だろ!」「お前が逆なんだ!」
言い争うふたりを余所に、クミコはひとりチョコ・ビスケットを楽しんでいる。
「俺にもくれ!」「お前ぇの分はない!」
「なんだと!」「すっこんでろ!」
争奪戦に勝った一郎が、テーブル上のチョコ・ビスケットに手を伸ばす。
「うんめぇーーー!」
突き飛ばされて頭を打った太郎がようやくテーブルまで辿り着く。
「ほんとだ・・・こりゃうめぇ・・・」
太郎が二枚目に手を伸ばしたそのとき。
ドンガラガッシャーン!!!
大音響がして居間の窓が吹き飛んだ。
何ものかが、もの凄い勢いで窓から飛び込んできたのだ。
「あーっ!太郎ちゃん!やっと見つけたーっ!よくも逃げたわねー。もう許さないから!」
「か、怪子ちゃん・・・」
調度の半分を吹き飛ばしたのは、ゴーリキー公爵家の姫にして太郎の婚約者、怪子だったのだ。
呆然とする一郎とクミコへ、優雅に会釈をすると、怪子は太郎の首根っこを引っ掴んで飛んでいってしまった。
「ああーー!まだ一枚しか、一枚しか食べてないのにーーっ!」
空の彼方へと遠くなっていく、太郎の悲痛な叫び声だけが残された。
「あらら、タロちゃんも大変だ。」
「ふん、あいつの方が気楽でいいや。」
ちらりとクミコの横顔を見て呟いた一郎の言葉は、クミコの耳には届かなかったようだ。