怪物くん&チョコビのドラマ版クロスパラレル。



たまには物思いに耽る夜もあるのです



紅い、まだ温もりを残す生き血のように紅い月が、室内を照らしている。


シャワーを浴びて一日の疲れを洗い流すと、クミコは番茶を手にして窓辺に座った。番茶は鬼十八番と呼ばれるお茶で、クミコのような極鬼族の疲れを癒し、精力を高めてくれる特殊なものだ。


昼間に飲むと効き目が強過ぎて、力の加減が利かなくなってしまうので、大好きなこのお茶を飲むのは、夜一人になった時に一杯だけと、クミコは決めていた。


今夜は皆既月食。


いつもは銀色に輝いている怪物界の月も、今夜は紅く鈍い光を放っている。人間界の皆既月食と違って一晩中続く。この光には様々な効用があって、特に深夜過ぎてから浴びると特殊な能力が芽生えると言われている。


お城では夜会が開かれ、この館の主人一家も総出で出向いていたから、今夜はのんびりできる。例年ならクミコも一緒に出掛けて祭りを楽しむのだが、なんだか今日はそんな気になれなくて、家来衆も出掛ける中、一人館に残ったのだ。


「ふぅ・・・」


番茶を一口すすり、窓辺の籐椅子に身体を凭れかけると、クミコは満足そうに息を吐いた。昼間は固く結い上げている髪も、洗った際に解いたままで、地肌にまで通る夜風が気持ちいい。


昼間、クミコは自ら髪を解く事は滅多にない。

普段している複雑に編み込まれた髪型は、ある種の封印だ。クミコの能力の一部を弱めてくれる。興奮すると簡単に外れてしまう程度の効力しか持たないのだが、クミコの生活には欠かせないものだ。


紅い光を浴びて大きく息を吸うと、風にそよぐ髪の輝きが強まったようだった。


しばらくそうして寛いでいて、クミコはふと気が付いた。風に乗ってどこからか歌声が聞こえてくる。びょうびょうと鳴る風の音に混じって、途切れ途切れにつま弾きが聞こえる。


普通の耳を持つモノには琴の音に聞こえるだろう。しかし、クミコの耳にはそれに重なって歌声が聞こえるのだ。言葉の意味は判らないけれど、まるで魔法のように音の合間から意味が立ち上ってくる。


 

 ・・・この楽土の何処あれか君よ・・・探し求む麗しき人・・・


 ・・・ 夢の狭間訪れる・・・愛しい人の面影・・・


 ・・・希う悦びよ・・・忘れ得ぬ輝く日々・・・懐かしき君よ・・・



この歌声の主は、叶わぬ恋をしているのだろうか。

それとも、遥か昔に亡くした人を懐かしんでいるのだろうか。

まだ見ぬ恋人への憧れを歌っているのだろうか。


そのどれにも意味は取れる気がするのだが、知らない言葉で歌われているのだ。

ただ、歌声に込められた切ない思いだけが胸に響く。


なんだか感傷的になって夜空を見上げると、月食のせいでいつもよりも深い闇がそこにあった。その底知れぬ黒さは、クミコに最近良く見かける青年を思い起こさせた。


暗闇色に輝く宝玉のような双眸を持つダークエルフの青年・・・


切なげな歌声は、風に途切れつつなおも続いている。

知れず、涙が一雫、頬を流れた。


なぜその人を思い浮かべたのか、理由も判らないまま、クミコはいつまでも月の光を浴びていた。