生まれてから今まで、シンに接するものでシンを愛さないものはいなかった。これはダークエルフ族の宿命のようなもので、血のつながりがあれば家族愛となるのだが、三親等以上離れてしまうと恋愛感情になってしまうらしい。ましてや、他種族ならばなおさらだ。
一族の中で特別に強い力を持って生まれたシンは、生まれてから望むと望まざるとずっと他人の恋情と欲情を一方的に浴びせられ続けてきた。シンの友人であるウッチーやクマ、ノダッチなども、友情のずっと奥底に恋心が潜んでいるのを否めまい。
ここのところ、毎夜シンが歌っているのは恋歌だ。
聞くものを恋に溺れさせる力がある。
ウッチーがクロサキに頼まざるを得なかった理由はここにある。
「お前、発情してんだよ。」
あまりに直裁な言いように、シンはむっとして言い返した。
「さっきは恋だっていってたぞ。」
「お前がそこの竪琴で毎晩歌ってる歌な、あれ怪物界全体に響いてるんだ。」
「え・・・?だって、ごく普通に即興で作った歌だぞ。そんなに大きな声でも歌ってないし・・・。まあだとしても内容も別に問題ないだろう。そりゃ俺だってエルフの端くれだから歌声に多少力は入るさ。でも、大騒ぎになるような内容の歌じゃないだろ。」
捲し立てるシンの問いには答えず、クロサキは聞いた。
「お前、その竪琴を作ったのはいつだ?」
「この前の皆既月食の時だけど・・・」
「そのときお前、誰を思い浮かべた?漠然とではなく、はっきり誰かの事、思ってたろう。」
「ああ・・・まぁ・・・」
竪琴を作り出したのは、シンのクミコへの恋心だった。
心を鎮めるために毎夜歌っているのは、クミコへの切ない片思いだ。
「そのせいで、普通の竪琴より力が増したんだな。それに歌の方もだ。具体的な対象のある詩の持つ言霊は強い。お前だって知ってるはずだ。お前の奏でている音楽は、怪物界中を発情させているんだ。」
シンの様子を心配して、今まで何人もの怪物が様子を見にきたのだが、歌のちからが大き過ぎて誰も近寄れないのだ。誰かと連れ立ってくると、それだけで恋人同士になってしまう。今では、落としたい男子を誘って一緒に歌を聴く、などと言う行為が流行っている始末だ。
クロサキの視線を避けると、シンはまたグラスに酒を注ぎ黙って飲み干した。
「・・・どうすればいいか、判らないんだ・・・」
長い沈黙の後、シンがぽつりと呟いた。
「・・・どうして・・・どうして、あの人は俺の瞳を見ても動じないんだろう・・・」
シンの頬を涙が静かに流れている。
クロサキは黙ってグラスに酒を注いでやった。
「こんなこと、初めてなんだ・・・俺・・・」
クミコは他の誰とも違った。
シンを見るものは誰も、シンの容姿、シンの能力、そんなものに惑わされて容易く堕ちる。なのに、あのクミコと言うメイドは真っすぐに見つめてきて「自分自身」に話しかけてくる。
シンですら触れ得ない心の奥底にずけずけと入ってくる、不思議な存在。
初めて純粋に惹かれた。
欲しいのに、どうしていいのかわからない。
「俺、どうすればいいんだ・・・」
慣れない酒の酔いと親友に心の内を吐露した事で気が抜けたのか、シンは涙の跡を残したまま寝息を立て始めた。
「さて、どうしたもんかな。」
グラスに残った酒を星明かりにかざし、さして困った風でもなくクロサキは呟いた。