怪物くんとチョコビのドラマ版クロスパラレル。



眼鏡に弱いと初めて知りました



シンはすっかり通い慣れた伯爵家への道のりを急いでいた。


今日は王宮で、界境警備を任されている怪物たちの特別功労会が行われる予定だ。それに先立って、数々の褒章が授与されることになっている。そのための複雑な手順や儀式のために、大勢の怪物達がここ数週間と言うもの準備にかかり切りだったのだ。


側近達は、なだめてすかして、ありとあらゆる手段を用いて太郎を拘束し、果てはウタコやヒロシにまで応援を頼んで、この日のために準備を進めていた。


上手くいっていたのだ。

少なくとも昨日の最終リハーサル終了までは。


事件はいつもの様に、周りの気配に人一番敏感なフランケンの叫びで幕を空けた。


「フンガー!フンガー!フンガー!!!」


太郎の寝室で起こった叫びに家来たちが駆けつけてくる。


「どうしたんでガンス?」「何事ザマス!」


ただ事ではない様子に、ドラキュラと狼男が覗き込むと。


「「ああっ!坊ちゃんのベッドが空ザマス(でガンス)ーッ!!!」」


太郎の私室前の廊下で衣装を運んでいたシンも、その声を聞いて驚いたうちの一人だ。泡を吹いて倒れ掛る執事長を咄嗟に抱きかかえ、捧げ持っていた衣装を落とさないようにするだけで精一杯だった。


事態の重さに、ほんの一瞬で気を取り直した執事長は、慌てて指示を出して回った。


「ドラキュラ、狼男、フランケンの三人は、人間界を見に行くように。侍従達は手分けして王宮周辺を探すのだ。まさかとは思うが念のためゴーリキー公爵家へも人をやれ。わしは大王様のところへ行ってくる」


あたふたとみんなが駆け出す方向を確認して、シンも外へと出た。


行き先はエカッキー伯爵の館だ。


怪物ランドの唯一にして無二の世継ぎの君・太郎王子は、エカッキー伯爵家の嫡男・一郎とは従兄弟同士で大の仲良しである。王宮のすぐそばに構えられた広大な館は、こっそり隠れるのには恰好の場所だと言える。


と言うわけで、シンは伯爵家へと続く丘への坂道を登っていた。


その歩みがどうしても弾んでしまうのは、急を要する任務のついでに、もしかしたらという期待が滲んでいるからなのは否めない。


伯爵家へ行って一郎に会うのなら、当然、常にすぐ側に侍っているクミコにも会うことになる。彼女の顔を思い浮かべるだけで、目眩のような感覚を覚えるのは何故だろう?


丘の向こうに伯爵家の館の尖塔の群れが見えてきた。


さすが代々絵描きや芸術家を輩出した家系だけあって、意匠を凝らした館の美麗さは怪物界随一とも称されている。一番最初の訪問のときこそ、公式の手順を踏んで正面玄関から礼儀正しく畏まって巨大なノッカーを打ったものだが、すっかり顔なじみとなった今では、気軽に中庭に通じる通用門を使うようになっていた。


庭園も美しい館に見合った華やかなもので、草木一般に詳しいエルフ族のシンですら見たこともない花々が、季節を問わず咲き乱れている様は、いつ見ても見事なものだった。繊細な装飾を施された小道を巡り、丹念に手入れをされた植え込みに囲まれた泉水を回り込むと、中庭のテーブルで後片付けをしているクミコを見つけた。小さな広い花をたくさんつけた灌木を背景に、艶やかな黒髪がよく映えている。


「・・・おっやっんの、ちぃうぉひぃくぅ、きょおだぁいよぉりぃもおおお・・・」


クミコはいつもの変な歌を歌いながら、ティーカップやポットをせっせと盆に積み上げている。滅多に見ることのない無防備な仕草をしばらく眺めて楽しんでいたシンは、盗み見を気付かれる前にと声をかけた。


「クミコさん」


「ひえっ!」


誰も聞いていないと思ってご機嫌に歌っていたクミコは、いきなり声をかけられて文字通り飛び上がって驚いた。その拍子に高価なティーセットが手からすべり落ちる。


「「ああっ!!」」


シンもクミコも咄嗟に腕を伸ばして、地面ぎりぎりのところでその繊細な陶器を受け止めることが出来た。ふたりの身体は絡まって、倒れた拍子にぴったりと密着してしまっている。


「ひゃあ!」「す、すみませんっ」


シンは慌てて飛び退こうとしたが、ふたりして両手に同じものを掴んでいるのだから、下手に動いてはせっかく救ったカップ類がまた落ちてしまう。しかし今の体勢、尻餅をついたシンの腹の上にクミコの尻が乗っかっている状態を、これ以上続けているわけにはいかない。


しかも、シンの腕はクミコの腕に被さるようにして背中側から抱きしめているような恰好なのだ。うなじのほつれ毛がやけに目に付いて、シンは慌てて目線を逸らした。


気まずい沈黙が流れる。


「「あ、あの」」


なんとか打開しようと焦って出したシンの言葉が、ハモってしまってまた押し黙る。


「「・・・・」」


生け垣に囲まれた中庭は、誰の目からも遮られていて、広々と開けているのにふたりでくっついていると言うだけでまるで密室のようだ。何故だかその事実から早く逃げ出したかったシンは、これではいけないと思い切って起き上がる事にした。


「!」


気合いを込めると、クミコと茶碗を腕に抱えたまま、シンの身体がふわりと浮き上がり、一呼吸ほどの間を置いて地に足をつけて立ちあがった。クミコは茶碗を腕に抱えたままお姫様抱っこの形で支えられている。そっと地面に降ろされて、ようやくクミコは我に返った。


「うっわぁ!ごめん!ごめんなさい!あ、大丈夫・・・?」


シンの腕はまだクミコの腰に回されたままだ。至近距離で覗き込まれて焦ったクミコが慌てて謝って、シンの顔を覗き込んでふと止まった。シンがまじまじと顔を見つめているのに気が付いたからだ。不思議な光を宿す大きな瞳が、ひたと自分に向けられている。


シンはそのとき初めてクミコの顔を正面から見たのだ。


「眼鏡・・・なんてかける事、あるんですね・・・」


「ああ、これは坊ちゃまがね、」


言いかけた言葉は、シンの顔が近付いてきたのに気が付いて、途中で止まる。

柔らかそうな唇が、すぐ目の前に迫ってきた。


あと少し、と言うところではっと我に返ったクミコは、ぱっと自分の口に手を当てて、シンの唇を阻んだ。なぜだか、身体ごと突き飛ばす事はためらわれたのだ。普段のクミコなら反射的に薙ぎ払っていたであろう場面にもかかわらず。


「あ、すみません・・・」


夢の中を漂うようにクミコの唇に惹かれていったシンも、そこで己を取り戻した。


初めて見たクミコの眼鏡姿は、シンに鈍い衝撃を与えた。いつもは強い自然の力のベールの向こうで守られているクミコの瞳だが、眼鏡のレンズを通すことによって、その力はフィルターをかけたように失われていた。


だからシンは、ここに来て初めて素のままのクミコの瞳を見たのだ。むき出しの瞳から発せられる鮮やかな生命力と精力をまともに浴びて、シンは初めてクミコ自身を感じられたような気がした。痺れるように甘いその感覚はシンのすべてを支配し、知らず知らずのうちに身体が動いていたのだ。


「あ、いや、そのっ。だいじょぶだから!気にしないで!」


気不味げに立ちすくむシンのしょんぼりとした姿に、クミコは慌てて声をかけた。


「あ、いえそのあの・・・えっと・・・」


「あー・・・な、何か用なんだよね?急ぐんじゃない?」


「あ、はい、あの王子が。またいなくなってその、」


「タロちゃんが?あっ、そう言えば坊ちゃまもそろそろ支度してもらわなきゃいけないんだ!ってことはタロちゃんとふたりでフケやがったなー。くっそう、あいつらー」


言うやクミコは風を巻いて走り出した。


「あ、待って!カップ。カップは置いていった方が、」


返した言葉が終わる前に、一瞬で視界から消えたクミコに呆気にとられたあと。ほうっとひとつため息を吐いて、シンも走り出した。


甘い痺れの記憶は、その意味を確かめる間もないまま胸の底に沈んでいった。覗き返したシンの瞳の奥底に、クミコもまた甘い痺れを覚えていた事は、まだ誰も知らなかった。



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クミコさんシンちゃん共に、無自覚と自覚の境目あたり。

世界観の整合性の破れはどこかに置いておいて下さるとありがたいです。


CMでの眼鏡メイドクミコさんが、ヤンクミっぽい男前だったなーと萌えたので。

途絶えたようで突然続く、落ち着きのないサイトですが、どうぞお付き合い下さいませ。



2012.12.2

双極子拝