「お前、んなところでんなカッコして、ナニやってんだよー。」
怪物歴史学の講義をこっそり抜け出して、人間界に遊びにきた怪物太郎は、意外なところで意外な人物にあって驚いていた。
「寺にいるのだから修行に決まっているだろう。邪魔だ。静かにしろ。」
ここはさる名刹の僧堂だ。太郎はうたこが修学旅行中だと聞いて後を追ってきたのだ。
「せいぎ君・・・だよな?だいぶ姿が変わってっけど。」
せいぎ君、つまり人間に化けたデモキンは、思わず眼を見張るほど姿を変えていた。
青々と剃り上げた坊主頭に墨衣、朽ち葉色の袈裟に平たい棒のようなものを捧げ持っている。デモキンの前には、同じような格好をした男達が壁に向かって座っており、デモキンはその背後を行ったり来たりしつつ、時々、彼らの肩をぴしりと叩いたりしていた。
「せいぎ君ではない。正義和尚と呼べ。」
「ええーーっ?せいぎ君、おしょうになっちゃったのか。悪さしてんじゃないだろーな。あれ?でも、おしょうってなんだ?」
「この人間どもの煩悩を払ってやっているのだ。悪さなどでは断じてない。」
「ぼんのう?ぼんのうってなんだ?」
「そこからか・・・」
はぁっとため息をつくと、デモキンは目の前にいた修行僧の肩を叩いた。その部分から紫の煙のようなものが立ち上り、デモキンの持っている棒、警策へと吸い込まれていく。
「今の紫のもの、それが煩悩だ。こいつを吸い取ってやる代わりに、人間どもに悟りを開かせてやっているのだ。うるさく言われる筋合いはない。」
「ふぅん・・・さとりっていいものなのか?」
「さぁな、俺には判らん。しかしここの人間どもにはいい事らしい。」
またぴしっと音がして、デモキンが警策を振りおろした。
僧堂の端にちょこんと座ったまま、腕をびよーんと長く伸ばしてお供え物を盗み食いしようとした太郎を打ったのだ。
「いってぇなー、ナニするんだよー。」
「ふん、相変わらず行儀の悪い奴だ。」
口調はキツくても笑いを含んだ正義和尚の横顔を見て、本当に怒られているのではないと判った太郎は正直に嬉しそうな顔をした。
と、僧堂の入口付近で騒ぎが起こった。
「あーっ、いたザマス!坊ちゃんを見つけたザマスー!」
「どこでガンスか、あっほんとだ。いたいた。坊ちゃんー、先生のところに帰らないとダメでガンスよー。」
「フンガー!フンガー!フンガー!」
「あっ、やべー。ちょっとかくまってくれよ、せいぎ君。」
「なぜミーの顔を見て逃げるんザマスかー!」「フンガー!」「痛いでガンス!」
「「お前ら、うるさーい!」」
デモキンと太郎が同時に叫ぶ。
怪物三人組が太郎を捕まえようと騒いでいる。
修行僧達は、背後の状況から気を逸らそうと必死になっている。
・・・何があっても、このものを愛し続けよ・・・
あの最後の言葉が耳に甦る。
「待ってろよ、デモリーナ。きっとこの手に取り戻す。」
決意とともにデモキンは、渾身の力を込めて持っていた警策を、太郎の頭へ振り下ろした。