※怪物くん&チョコビのドラマ版ごくせんクロスパラレル番外編。映画のネタバレを含みますので、ご注意下さい。
その頃、彼はこんなことをしてました
・・・随分と久しいのう・・・プリンスデモキンよ・・・
天界の主の広大な謁見の間で、悪魔族の王子デモキンは膝をついて頭を垂れていた。ここには清々しい光が満ちていて、わずかにだがデモキンの神経を逆撫でしていた。
「永の無沙汰、恐縮にございます。」
形ばかりの挨拶を告げると、デモキンは立ち上がって正面の壁を睨みつけた。
謁見の間と呼ばれているものの、謁見されるべき相手の姿はどこにもない。ただ壁のような物がそびえ、その中心から一筋の光が湧いてくるのみだ。
・・・父君は息災か・・・
「もう千年近くも矢傷が治らぬまま、床に伏している。実質、悪魔界を支配しているのはこの俺だ。」
姿の見えない相手は、地の底から響くような、しかし天上の音楽のような、不思議な声で語りかけてくる。あるいはその声は通常の意味での音で構成されているのではないかもしれない。あたりはしんと静まり返って、光のぶつかる音すら聞こえてきそうだった。
・・・そなたの父は穏やかな男であったな・・・そなたと違ってのう・・・
「ふん。あの男は腑抜けなだけだ。」
・・・クラウンプリンスは如何した・・・
「死んだ。知っているはずだ。」
・・・『誰か』の手にかかっての・・・くっくっく・・・
含みを持たせた言葉にデモキンは気色ばんだ。
「お前には関係ないだろう。」
・・・ふっふっふ・・・確かにの・・・そなたが即位の日を迎えるまではな・・・
「ぐぐっ。」
デモキンは歯を食いしばって、激昂しないよう必死に自分を押さえつけた。今日は大事な用事があるのだ。
大きく息をついて気持ちを鎮めると、デモキンは話はじめた。
「これを見てもらおう。契約に従って、ここに書いてある事を果たせ!」
・・・ほほう・・・それを見るのは二千年ぶりかのう・・・よく見つけ出せたものよ・・・
デモキンが差し出したのは、古い契約書だった。
筒状にまとめられた古びた羊皮紙の束には、不思議な光を放つ紐がかけられている。そのうちの二本はほどけており、残り五本は未だ結ばれたままだ。
それは、悪魔城の禁書庫の最奥、王族しか入ることの出来ない秘密の書庫のさらに奥、巧妙に隠された扉の中の、勅封が幾重にも施された箱の中から、やっとの事で取り出したものだ。契約書には四千年ほど前の悪魔大王の署名があり、勅封はそれ以降の歴代大王達のものだった。
「この契約はまだ果たされていないはず。」
・・・ほ・・・そうだったかの・・・
「とぼけるな!三本目の封印が解かれていない以上、契約は果たされていないはずだ!」
見えない声の主は、しばし躊躇ったようだった。
二千年前、それと同じものを自分の配下にあたえ、一人の死人を甦らせた事がある。その効果は絶大で、その男によって広められた信仰は、二千年経った今でも天界を支える大きな力の源となっている。
尤も、その信仰が引き起こした人間界の混乱によって、悪魔族にも活力を与えることになってしまったのは誤算だった。結果、強大な力を得た悪魔族は怪物ランドへと侵攻をはじめ、千年に渡る大戦争の引き金となった苦い経験がある。
・・・朕へ捧げるものを、その悪魔の身で果たして用意できるものかな・・・
「出来るさ。簡単な事だ。人間の煩悩を吸い取ってやる。欲望と違って煩悩を吸い取られた人間は敬虔な信仰者となる。つまり、お前の奴隷だ。悪い取引ではないと思うがな。」
・・・ふむ・・・
「欲望ほど美味ではないが、煩悩も俺たち悪魔族にとっては蜜のしずくだ。数さえ集まれば悪魔族全体を養うことも出来る。貴様らも清められた魂とやらがたくさん手に入る。」
・・・なるほどのう・・・
「返事を聞かせろ、御中主!」
迫るデモキンをはぐらかすように御中主は笑った。
・・・そなたの真の望みは・・・これであろう・・・
いつの間にかデモキンの前に、光り輝く珠のようなものが浮かび上がっていた。
女の横顔が、ほのかに透かし見えている。
「デモリーナっ!」
思わず延ばしたデモキンの右腕は、珠を通り抜けた。実体のない、映像のようなものだったのだ。
珠は煙のようにゆらりと姿を変え、しばらくするともとの形に戻った。
「デモリーナ・・・デモリーナが何故ここに・・・貴様、デモリーナにいったい何をした!」
右拳をぎゅっと握りしめ、デモキンは憎々しげに正面の光の筋を睨む。身体からは紫色の凄まじい光が四方へ放たれている。禍々しく、そして悲しみと絶望を含んだ冷たい光だった。
・・・そう怒るではない・・・その魂はもともとここへ来るべきものであった・・・
「なんだと?悪魔が死んで天界に?そんな莫迦な話は聞いた事がない。戯れ言もいい加減にしろ!」
・・・このものは生前・・・二度も愛故に我が身を犠牲にした・・・
「うぬぅ・・・」
痛いところを突かれてデモキンは歯ぎしりをした。一度目はこの手で刺して、二度目は自分を庇って、デモリーナは死んだのだ。
・・・その行いにより、このものの魂は浄化され、罪は消え去ったのだ・・・
「・・・っ!・・・早く条件を言え。こちらの要求は判ったはずだ!」
デモキンの叫び声は広間全体に響き、何度も反響し干渉しながらゆっくりとおさまっていった。
そして、長い沈黙の後。
・・・よかろう・・・
ようやく得られた回答に、デモキンはほっと緊張の糸を解いた。
その後、聞いた条件はかなり分が悪いものであったが、デモキンは何も言わずにそれを呑んだ。デモリーナを取り戻す方法はこれしかないのだ。
・・・そなたの願いを叶える替わりに、ひとつ試練を与える・・・
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