原作・卒業後、おつきあい中。「甘い束縛」の続編、と言うか久美子さん視点。



あまりにもしっかりしてるから、忘れてたんだ。

こいつが、まだ高校を卒業してからたった一年しか経っていない事を。

頼りになるように見えても、まだ子供なんだって事を。



甘い約束



「あ、すみません。それ、仕舞ってください。あたしたちにはまだ早いですから。」


突然、声を荒げたあたし達を前におろおろとしている店員さんに謝ると、あたしは沢田の手を引っ張って店を出た。思い詰めて血が登りっぱなしの沢田の頭をどこかで冷やさなくてはならない。


デパートの一階まで一気に降りて飲み物を買い、フードコートの簡易テーブルに座らせる。ここにはあたしの大好きな生ジュース屋が入っているのだ。


「さ、これはあたしの奢りだ。飲んで少し頭を冷やせ。」


頭を冷やすにはビタミンの補給が必要だと考えて選んだ青汁グレープフルーツだったが、沢田は気に入らなかったらしく、しかめっ面をして飲んでいる。


ついさっき、ジュエリーショップでキツい言い方をしてしまったのは、公衆の面前でいきなりゲロあまな台詞はくから焦ったって言うのもあったし、思っても見なかった事を言い出されて驚いたと言うのもあった。だから、ここでフォローしておかないと拙いと言う事くらい、いくら経験の浅いあたしでもわかる。


付き合い始めてから何かとリードしてくれて、慣れないあたしを優しく導いてくれる沢田だから、すっかり安心して何もかも任せていたが、よく考えると沢田は去年までは高校生だったのだ。あたしが今受け持っている悪ガキどもとたいして変わらない歳だ。


それを感じさせない沢田はそれだけ優秀だってことなんだろうけど、いくら頭が良くてもいきなり大人になれる訳じゃない。こいつはまだ19歳なのだ。大人のあたしがしっかりしなくては・・・


しばらくむすっとしたままストローをくわえていた沢田が、やがてふぅっと息をついて顔を上げた。


「落ち着いたか?」


「ああ。」


先ほどの熱に浮かされたような必死な感じは消えていて、ちょっと落ち着いた表情になっていた。そこでゆっくりと諭して聞かす。


焦らなくてもいい。

ゆっくり進んでいこうと。


こいつがこんなに焦ったのは、ひとつにはあたしが不安にさせているってこともあるんだと思う。俺のだって徴が欲しいと言った沢田。慣れない男女交際とやらに構えてしまってついついぶっきらぼうに接してしまうから、心配だったのだろう。


大人として、こいつの元担任として、一人前の大人になるまでちゃんと見ていてやらなくてはならないと思うから、いきなり結婚指輪が欲しいなんて無茶を聞いてやるわけにはいかないけれど、こいつのものって徴を貰うのはおおいに結構。


むしろ、指を見る度に自分の立場を実感出来て嬉しいだろうと思うから。


「じゃ、行こう。」


「どこへ?」


「指輪、買ってくれるんだろ?」


「・・・喜んで。」


嬉しそうな沢田と手を繋いで、ふたりで一階のフロアを横切っていく。入り口付近にはカジュアルアクセサリーの売り場があるからまずそこへ行ってみる事にしたのだ。


上階の店とは違って、指輪もネックレスもガラスケースには入っていない。沢田にもあたしにもこれぐらいが丁度いいと思う。


ペアの指輪も豊富にあるからふたりで色々と試して回る。


「お、これとかいいじゃん。値段も手頃だし。」


「なんでんなおっさんくさいの選ぶんだよ。お前にはこう言う方がいいって。」


「ええ〜。んな可愛らしいの変だってば。」


「んなことねぇだろ。」


「あ、これはどうだ?」


「それこそ変だろ。」


どうやら沢田にも色々と思いがあるらしく、なかなかいいのが見つからない。銀色の方が似合うと言う割には銀製は駄目だと言うし、全く細かい奴だ。


「お前、銀は嫌いなのか?よく付けてるの銀製が多いと思ってたけど。」


「俺は好きだよ。でもお前につけてもらいたくない。」


「なんだと、こら!」


「いててっ。そう言う意味じゃねーよ・・・ただ・・・」


「ただ?なんだ?」


「柔らかくて傷つきやすいから。」


「あたしが乱暴だから無理ってか。」


ちょっとむっとしてそう言うと沢田は慌てて否定した。真顔になっている。


「何ものにも侵されないって感じの方がお前に相応しいと思う。」


「沢田・・・」


意外な言葉に吃驚してそれから赤面した。ほんと、こいつはロマンチストだよな。


何ものにも侵されない、か・・・

いいかもしれない。あたし達の絆がずっと続くように、強固な印をつけておくのも素敵じゃないか。


そう思って眺めているといいものがあった。

これぞあたしに相応しい。


「これがいい。」


「ん、どれ?」


数種類の素材の中から一つ選んで嵌めてみる。

沢田が覗き込んでため息を付いた。


「・・・なんだよこれ・・・」


「なにって、見てわからないか?ステンレスだ。鉄とクロムとニッケルの合金で・・・」


「そう言う説明を聞いてんじゃない。」


沢田は怒ったように言うけれど。

金やプラチナは衝撃には強いのだが柔らかいから傷つきやすいし、チタンやタングステンだと硬いけど脆いから、これが一番いいと思うのだ。


「なぁ、駄目か?あたし、これ気に入ったんだけど。」


華やかすぎず地味すぎず重厚な色味に丸いフォルムが映えてとても綺麗だ。控えめな飾り彫りにブラックダイヤモンドが一粒だけ付いているのも奥ゆかしくて美しい。


丁度おそろいで男物もあったから沢田の指にも付けてみると、色白の長い指に細い指輪がよく似合う。指輪を嵌めたあたしの右手と並べて掲げて、沢田の顔を見上げると、


「ほら、いいだろ。」


と聞いてみる。沢田は感心したようだがまだ何か言いたそうだ。


「なに?どうした?」


「誕生日祝いなのに、こんな値段のでいいのか・・・?」


「なぁんだ、そんな事気にしてたのか。お前の分と二つ分なら結構な値段だろ。」


「まあそうだけど。」


「足りないと思うなら、後は酒でもご馳走してくれよ。」


「ん・・・了解。」


やっと納得いったらしい沢田がふわっと笑う。その顔があまりに可愛くて思わず赤面してしまった。ったく、あたしよりも可愛いんだから困ったもんだ。


ふたりの右手に嵌められたお揃いの指輪は甘い約束。

決して錆びない、傷つく事もない、頑丈なステンレス製の約束。


結ばれたこの絆を大切に育てて、いつかふたりで左手の薬指に付ける指輪を買いにこよう。その時こそ、プラチナと透明なダイヤモンドの輝きに相応しい大人の女になってるから。


お前もずっと、ついてこいよ・・・




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こんにちは。ここまでおつきあい頂きましてありがとうございます。


「甘い束縛」が尻切れとんぼで終わってしまったので、久美子さんに視点を移して続きを書いてみました。


最近は、色んな金属のアクセサリーがあるんですね。仕事柄、ステンレス製品に接する事が多いので、ステンレス製のアクセサリーを見た時には一目惚れしましたよ。思ったよりも重かったので買いはしませんでしたが、理系心を妙にくすぐるアイテムでした(笑)。


このふたりのお話はもう少し続きます。

のんびり更新していくつもりですのでおつきあい下さいね。



2010.6.30

双極子拝