俺は山口に半ば引きずられるようにして店を出た。ぐいぐい引っ張っていかれて、一階の吹き抜けにある軽食コーナーまで来ると、ジュースを二杯買ってテーブルにつくとひとつをくれる。


「さ、これはあたしの奢りだ。飲んで少し頭を冷やせ。」


「ああ・・・」


呟いて冷たいジュースを口にする。


「ぶはっ、これ、何だ?」


「ん?青汁グレープフルーツだ。疲れた時はこれに限る!」


ぷはぁーうんめぇー、なんてご機嫌な山口を見ているうちに、俺は段々落ち着いてきた。ゆっくりと冷たい液体が喉を滑り、苦味が熱くなった頭を冷やしてくれる。


「ふぅ。」


「落ち着いたか?」


飲み干して、息をついた俺をにこっと眺めて山口は得意そうに聞いてきた。


「ああ。」


ったく、恋人になって可愛くなった面ばかり見ていて忘れていた。こいつは大人なんだ。俺よりずっと。いや、覚えていたのに忘れた振りをしていたのかもしれない。


「な、沢田。あたしたちさ、まだ若いじゃないか。」


「ん・・・」


「だからさ、ゆっくりやろうよ。お前もまだ学生だし、あたしだってまだ社会人二年目の新米教師だ。一足飛びに色々やらなくたって、分相応にやっていけばいいじゃないか。」


俺が黙っていると、山口は続けた。


「な、後でお揃いの指輪、買いにいこう。」


「え?だって・・・駄目なんだろ?」


「だからさ、あたしたちの身の丈にあった奴、売ってるところに行ってさ。ふたりで探そうよ。ここの指に会う奴。」


そう言って山口は右手の薬指をさす。


「右手に?」


「ああ。生徒たちがやっててさ。何かって聞いたら彼女とお揃いの指輪をするんだって。ステディリングって言うんだってさ。」


ぐわっこっぱずかしいこと言わすんじゃねー、とか悶えている山口を見ながら、俺は愛おしい気持ちが胸に溢れて止まらなくなってしまった。テーブルの上の山口の右手を取ると、薬指にそっと唇を落とす。


「ひゃっ!いきなり、何すんだっ////」


間、髪を入れず飛んできた左手の平手をひょいと除け、ついでにそれも握りしめて引き寄せる。大の男を殴り倒すくせに、意外なほど小さな両手を包み込みながら言う。


「山口、待っててくれるか・・・?」


何を、とは言わなくても解ってくれたのだろう。


「あ、当たり前だ。あたしを見くびんな////」


照れながらも男前に啖呵を切ってくれたから、ほっと安心して手のひらの温もりを楽しむ。


今は右手だけど。

いつか、反対の手に俺の徴の輪を付けて、俺の側に繋ぎ止めたい。


その日まで、この手を離さない。

山口、待っててくれ。




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こんにちは、ここまでお読みくださってありがとうございます。


やっと久美子さんが手に入ったのに、半人前の自分が情けなくて不安で仕方ない慎ちゃんです。いざ自分のものとなると返って臆病になったりしますよね。


他のシリーズに比べてちょっと情けない姿ですが、こういうのも好きなんです。

末永くお付き合いくださると嬉しいです。


2010.6.19

双極子拝