と言う訳で、誕生日の前の週、俺は山口一緒に街のデパートまで行く事にした。出たばかりのバイト代もちゃんと用意して、下調べをして置いたジュエリーショップへ連れて行く。
俺としては、せっかくだからペアリングにしたかったし、それならばプラチナかゴールドがいいと思ったのだ。俺自身はシルバーアクセが好きでいくつも持っていたし、ちょくちょく買ったりしているが、山口にはなんとなく似合わないような気がするのだ。
傷つきやすいし磨かなければすぐに曇ってしまう、そんな脆弱さは山口とは相容れない。
目当ての店に着くと、俺は山口を促して奥の方にあるマリッジリングのコーナーへと行った。日常生活に邪魔にならなそうなシンプルなリングがたくさん並んでいる。
「な、な、なんで、けけけけ////」
茹で蛸みたいに真っ赤になってるのに鶏の鳴きまねを始めた山口に、くすりと笑って肩を抱き寄せる。
「さ、好きなの選べよ。」
「だ、だだって、けけ、け、」
どうやら許容範囲を超えたみたいで、口がきけなくなっている山口の代わりにガラスケースの向こうの店員に声をかける。中にいた年配のひとりがすぐに気が付いてこちらに来てくれるから、俺から見て山口に似合いそうな指輪をいくつか出してもらうことにする。
「サイズはおいくつですか?」
「俺は、15号です。こいつは・・・7号ぐらい?」
「し、知らないよ!指輪なんかしたことないから。」
「ではお測りしましょうね。」
店員がたくさんの輪が付いた道具を持って来て、山口の指のサイズを測る。マリッジリング売り場だから当然なのだろうが、彼女は自然な仕草で山口の左手を取っていくつかの輪を薬指に通してみて、
「やはり7号でよろしいようですね。では・・・こちらと、こちらなど如何でしょう。」
指輪を出して来てくれた。そのまま山口の左手の薬指に嵌めてくれる。思った通り、金よりもプラチナの方が似合う。周囲に繊細な模様が掘ってあるだけで表はクリア仕上げ、上品で高級感がある。
「もう一つの方も試してみていいですか?」
「よろしいですよ。はい、どうぞ。指が細くてらっしゃるからよくお似合いですよ。」
もう一つの方は、プラチナ地に一筋だけ金の象眼が施してある凝ったもので、俺も嵌めてみて自分の手にしっくり馴染む事を確かめた。女物の方は目立たないけれどメレダイアが埋め込まれていて、華やかな感じだ。これも山口によく似合う。
値段を見ると、当初考えていたよりも一割ほど高い。が、今の手持ちでぎりぎり払える額だ。
「うん、これいいな。山口、これどうだ?」
「・・・・い。」
さっきから指を見つめたまま押し黙っている山口の顔を覗き込んで確認すると、小さな声で返事が返って来た。くぐもっていてよく聞こえない。
「え?気に入らないか?似合ってるけど。」
指輪の嵌った手を握って引き寄せると、その手を思い切り払われた。
「いらない、って言ったんだ!」
「山口・・・?」
「お、お前は何を考えてるんだ!」
「何って、誕生日プレゼント。」
「それは解ってる!聞いてるのは、なんでこんな高い指輪なんだってことだ!
それに、なんで左手の薬指なんだよ!違うだろ!」
「違わねぇし。」
「違うだろ!あたしはこんなこと許した覚えはない!」
山口は俺の襟首を掴んで締め上げながら凄む。
「怒鳴るなよ。店の中だぞ。」
俺はため息を付いて、山口の手を外すともう一度左手を取った。
「贈らせて。お前と揃いの指輪、したいんだ。」
「−−−−−っ!」
「なぁ、駄目か?」
俺のだって徴が欲しいんだ。いつでも見えるところに。誰もが気付く場所に。
だから、左手の薬指に約束を付けておきたいんだ。
そう言うと、山口はしばらく俺の顔を見ていたがやがて口を開いた。
「あのな、沢田。お前はまだ十九歳だ。仕事もしてねぇ学生の分際で、こんな大事なもんほいほい買っちまうんじゃねぇよ。この脛かじりが。」
「この分はバイトして貰った金だ。親には頼ってねぇよ。」
「はぁ。生活費の大半は出して貰ってるだろ。そんな奴の小遣いで買ってもらった結婚指輪なんて欲しくねぇよ。あたしの前でいっちょ前の男面すんのは、手前ぇで手前ぇの口を養えるようになってからにしやがれ。」
「・・・・・」
黙ったまま立ち尽くす俺と、俺を睨みつけたままの山口。
「あの、お客様・・・」
困ったような店員の声が聞こえて、俺たちは我に返った。
「あ、すみません。それ、仕舞ってください。あたしたちにはまだ早いですから。」
「将来、ご入用になりましたらその時は是非、おふたりでいらしてくださいまし。」
「あ、あはは///ありがとうございます。その時またお邪魔します。
すみません、お騒がせして。さ、慎公、行くぞ。」