※原作・卒業後、おつきあい中。「甘い触合い」の続編。
甘い束縛
俺たちが付き合い始めて、一ヶ月半。
もうすぐ山口の誕生日だ。
せっかくの誕生日なので、なにかアクセサリーをプレゼントしたくて、春休みに入ってから短期のバイトを入れてそれに備えていた。贈る相手は社会人なのだから、それなりのものを買わないとみっともないし、彼氏としての虚勢を張りたいって言うのもあった。
どんなものが好みなのか、さりげなく聞いたりデートのときに繁華街でウィンドゥショッピングをしたりしてリサーチに努めてきた。付き合い始める少し前から、山口はお洒落で女らしい格好をするようになっていたのだが、最近はますます可愛くなってきていて、惚れた欲目を差し引いてみても山口はきれいになったと思う。
ただ、俺にあわせようと試行錯誤しているのか、ちぐはぐな格好をしている時もあって無理をさせてしまっているのではないかと心配だった。俺と居るときにはかなり緊張しているみたいで、初々しいそんな姿にドキドキしてしまうのだが、山口らしい溌溂さも影を潜めていてそれがひどく痛々しい。
だから、出来るだけリラックスしてもらおうと、友人だった頃と変わらない態度をわざと取り続けていた。俺の方だって緊張していたのだ。
そんな関係が少し進んだのはホワイトデーの時だ。
俺の部屋でガチガチに緊張して、まるで借りてきた猫みたいにおとなしくなった山口の気を解そうと、コーヒーを入れて持っていく。お揃いのマグカップはふたりで居るとき用にわざわざ新しく買ったものだ。デートのときに、山口が手に取って眺めた後、残念そうに棚に戻したのを見ていたのだ。
「買わねぇの?随分気になってたみたいじゃん。」
「んー?ああ、まあ、使わないだろうしな。」
そんなことを言う割には名残惜しげなので、その後ひとりで買いに行ったのだ。我ながら随分他愛ないと思う。軽蔑されないだろうか。心配になって山口の様子をじっと見る。
「このマグカップ、どうしたんだ。」
すぐに気が付いてくれるから事情をばらす。いたずらを見つけられたようでひどく照れくさい。まともに顔を見られなくてそっぽを向いたら、
「沢田、ありがと。」
思いがけず可愛い声で言われて嬉しくなった。ダチでも先公でもない、彼女の声だ。コーヒーを飲むために少し俯いた顔に、意外に長い睫毛が揺れている。愛おしくなってじっと眺めた。可愛い・・・
顔を上げて目が合ったら山口は、ぱっと赤くなったと思うと手を滑らせてコーヒーをぶちまけた。
「あっちっち!」
「大丈夫かっ?」
慌てて流しまで引っ張って行って流水で冷やす。丁寧に腕を確認して赤くなった痕に刺激を与えないようそっと水をかける。にしても、ちっこい手だな。何度も撫でていたら、ぱっと飛びずさってしまった。
俺から離れて、なんだか他人行儀な台詞を並べている山口を見て切なくなった。
俺って、頼りねぇのな・・・
そう言うと、
「そんなことない!そんなことはないぞ!」
と強く否定してくれるけど。自信が無いんだ。
「じゃあ、さ。お前・・・」
ここで俺は躊躇う。俺は、お前の恋人になれてるか・・・?
こんなこと、聞くのはかなり情けない。
「何だよ。」
「・・・俺のことさ・・・どう・・・////」
それでも、やっとの思いで聞いた俺の問いかけに山口は男前にはっきりと答えてくれて。恋人になれて嬉しかった、って。俺は情けない事に、思わず泣いちまった。
抱きしめられて、抱きしめ返して。
どちらともなく唇が合わさる。
始めて腕に抱く山口は、小さくて華奢で柔らかくて、いい匂いがした。
ずっと、ずっと一緒にいたい。心からそう願った。
互いに素直になれて、互いの身体に一部だけとは言え触れ合って、俺たちの間の垣根は随分と低くなったと思う。それでもまだ頼りない絆に、俺は何か確かな物が欲しかった。
それで思い付いたのがアクセサリーのプレゼントなんだから、俺も大概ガキだと思う。犬の首輪じゃないけど、俺が自分の金で買った物を身に着けてもらえれば、離れていてもいつも俺のだって言う目印を付けておけるような気がして、俺はそれに拘った。
「ええーっ、ガラじゃないから、やだよ、そんなの!」
「んなことないだろ。」
「そりゃ、お前は似合うだろうけどさー。あたし、そんなもん着けたことないし。いいよ、勿体ない。」
「・・・俺がつけて欲しいんだ。」
「うー////」
「な、来週、一緒に買いにいこう。」
「・・・わかった。」
「約束、な。」