原作・卒業後、おつきあい前。2008と2009は無かったことになってます。



卒業してから一年近く、つまり俺が告白してから一年近くが経っていた。



甘い囁き



今日は土曜日で、せっかくバイトが休みだと言うのに

俺は色気もへったくれも無い買い物に付き合わされていた。

山口が部屋の模様替えをしたい、と言うのでホームセンターに連れてこられたのだ。


そんなところひとりで行けよ、と断れないのが惚れた弱みで

たとえ荷物持ちでしかないとしてもふたりきりで出掛けられるのならと

いそいそと山口の車に乗り込む。


今の俺と山口の関係は、友人と言っていいのだろう。

なんだかんだと呼び出されては、やれ荷物を持てだの買い物に付き合えだの

一方的に振り回されることが多いから、山口は舎弟のつもりで居るのかもしれない。


俺の方は相変わらず恋心を抱えたまま、これと言った返事も貰えず

ただ振り回されるだけの立場に、最近少々いらだちを感じてはいた。


友人のまま側に居て切ない思いを噛み締めているよりも、

思い切り振られて未練を断ち切るべきなのではないか。

そんなことを思う事もある。


俺は鼻歌を歌いながら運転している山口を眺めた。

最近、服の趣味が変わったのか、女らしいスタイルで居ることが多い。

年相応の大人の色香が感じられてとても魅力的だ。


決して外見に惹かれた訳ではなかったが、やはり綺麗にしていると可愛いと思う。

恋人として側に居られるのならどんなにいいだろう。


彼女が俺の気持ちを受け入れてくれたのなら・・・


山口がそんな俺の感傷に気が付くはずもなく、車は順調に走って

やがて大きなホームセンターに着くと、早速買い物を始める。


カーテン、スチールラック、観葉植物、スツールと嵩張るものばかり買い込んで

両手に山の荷物をフリだけは軽々と車に運んでやると、山口は満足そうに微笑んだ。


「よーし。思ったよりも早く済んだな。助かったよ、沢田。ありがとな。」


「どういたしまして。」


「一休みしないか?お礼に茶でも奢るよ。時間大丈夫か?」


「時間はいいけど。」


「じゃ、決まりだな。行こう。」


と言ってもホームセンター内のカフェに行くだけなのだが、

ふたりでいる時間がそれだけ増えるから、俺はありがたくご馳走になることにする。


中途半端な時間のせいで、土曜日にも関わらずカフェは閑散としていた。


窓辺の席に差し向かいで座ると、山口がメニューを眺める。


「お、レシート3000円分でケーキセット二割引だと。

よし、これにしよう。沢田、お前もこのセットでいいよな。

すいませーん、注文お願いしまーす。」


俺の希望を聞こうともせず、山口はケーキセットを二人前頼んだ。


模様替えの計画などを楽しそうに語る山口に相槌を打っているうち、

ケーキセットが運ばれてきた。

山口の分は、チェリータルトにコーヒー。

俺の分は、ガナッシュケーキにホットココアだった。


この組み合わせはあり得ないだろ、と思いつつもなんだか仔細ありげな山口の様子に

何も言えなくなってしまって黙って食べる事にした。


山口はなぜか俺の口元をじっと見ている。


「・・・何?」


「いや、別に。美味いかなぁと思って。」


「?ああ、ま、いいんじゃねぇ?」


「・・・・」


「どうかしたか?」


「それ見て、なんか思わないか?」


「ん、まあ。妙な組み合わせだなとは思うけど。」


「それだけか?」


「ああ。」


「・・・嬉しいか?」


嬉しいかってどう言う意味だろう?


まあ、ケーキもココアも嫌いじゃないし、奢りならば文句を言うことでもない。

そう言うと、山口は変な顔をして黙り込んでしまった。

なんだかちょっと腹を立てているように見える。


「お前、なにか怒ってる?」


「いや。」


「・・・・」


なんだか変だなと思ったのはそのときだけで、

それからは普通に他愛のない会話をしてその場は過ぎた。


帰りはそのまま黒田の屋敷へ行き、山口の部屋へ荷物をあげてやってから

俺は家まで車で送ってもらった。


俺のマンションの前で車が止まる。


「じゃあな。送ってくれてサンキュ。気をつけて帰れよ。」


そう声をかけて車を降りると山口の返事が無い。

どうしたのかと思って覗き込むと、傷ついたような顔をした山口が見えた。


「・・・お前って案外鈍感なのな・・・」


「え?」


「・・・なんでもない。じゃあな!」


バタンとドアを閉めると山口は行ってしまった。


「どうしたんだ?」


俺はしばらく呆然と車を見送っていたが、思い当たることは無かった。


そう言えばカフェにいる間にちょっとおかしくなったとは思う。

でも特に機嫌を損ねるようなことをした覚えもない。


割り切れない思いを抱えつつも、どうもしようがないから踵を返し

すっかり暗くなった部屋へと入る。


冷蔵庫からミネラルウォーターを出し、ラッパ飲みしながらテレビのスイッチを入れる。

別に見たい訳ではないのだが、音が無いのに慣れなくて何となくいつも点けてあるのだ。


ベッドに寝そべって見るとも無しに画面を見ていた。

ニュースがたくさんの客でごった返す売り場の映像を流している。


女達が先を競うように何かを買っている。

それを見てやっと気が付いた。


そうか、今日はバレンタインディか。

すっかり忘れていた。


ま、全然知らない女から押し付けられるのにはうんざりしてたから、どうでもいいけど。


今年はチョコには縁がなかったな。

昼間のガナッシュケーキとホットココア、あれもチョコと言えばチョコか。


なんであんなもの食ったんだっけ。


そう言えば、あれは山口が選んだんだよな。

チョコレート味のケーキとチョコレート味のドリンク。

どちらかと言えば食べ物にうるさい山口が選んだにしては妙な組み合わせだった。


「あれ?」


俺はがばりと起き上がった。


珍しく俺の意見を聞きもせず、勝手に頼んだ山口。

嬉しいか、と聞いてきた山口。

妙に不機嫌で、俺を鈍感だと言った山口。

チョコレートケーキをどう思うかと聞いてきた山口。


もしかして。


今日はセント・バレンタインディ。


もしかして、俺は重大な見逃しをしたんじゃないだろうか。

もしかして、長年の願いが叶う瞬間を捕らえ損なったんじゃないだろうか。


今日の山口の様子を何度も思い返して、俺の思いは確信に変わる。


「山口・・・っ!」


俺は急いで携帯を出すと、山口の番号を表示させ、

万感の思いを込めて発信ボタンを押した。


「・・・もしもし、山口?俺だけど。」



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久美子さん、遠回しの告白が思ったよりも上手くいかなくてちょっと拗ねてます。

さて、慎ちゃんは間に合ったでしょうか(笑)。

なかなかアイデアが出なくてぎりぎり滑り込みで書き上げました。

おつきあい頂きありがとうございました!


2010.2.14

2010.4.25  UP