※原作・卒業後、おつきあい中。Love So Sweetシリーズ
甘い日々
ちょっと早いかなーと思いながら辿り着いた待ち合わせ場所に、待ち人はもう既に来ていた。見通しの良い駅前広場の向こう端、モニュメントの前に一人佇んでいる。
すっきりとしたラインのパンツを身に付け、シャツの上に無造作にジャケットを羽織っただけなのだが、赤い髪と相まってファッション誌の中から切り取られたように、そこだけ輝いて見える。
澄ました顔をして遠くを見ている横顔を、久美子はしばらくの間眺めていた。
やっぱ綺麗だよなぁ・・・
ぼんやりとそんな事を考えていたら、視線に気が付いた慎がこちらを向いた。久美子を見てぱっと笑顔になる。花が咲いたよう、とはまさにこの事だと思いながら、久美子は慎に手を挙げてゆっくりと近付いていった。
「山口!」
弾む足取りでこちらへやってくる慎は、満面の笑顔って訳でもなくどちらかと言うとポーカーフェイスを気取っているのだが、その顔を見るからに嬉しそうで久美子も自然と顔がほころぶ。
「よっ、沢田。お待たせ。」
それでも素直に嬉しいと態度に表せない自分がもどかしい。
以前よりもだいぶましになったものの、やっぱり久美子はデートの始まりの時間はギクシャクしてしまう。その辺、慎は心得ていてさりげなく久美子の気を引き立てるから、躓きながらもふたりの交際は一応順調に進んでいるのだ。
さて、今日のデート。
久美子にはひとつ目標があった。
おつきあいも二ヶ月を超えて、ペアのリングなんぞも買ってしまった事だしそろそろ次の段階に進んでみたいなーと思っているのだ。
それは・・・
「あの、さ、し、」
「・・・すせそ?何、調味料でも探してんの。」
可笑しそうに慎が言うから久美子は口籠る。
沢田、と言いかけて慎と言い直そうとしたんだけど・・・
そう、久美子は『名前で呼び合う』を目下の攻略項目にしているのだ。
しかし、照れてしまって中々言い出せない。
こちらを見て首をかしげる慎に、わざわざ訂正するのも変な気がするから、そのまま無理矢理話を繋げる。
「あ?ああ。まぁ・・・そのー、味噌が切れてたなーと思って。」
「お前んち、使う量が多いから出入りの酒屋さんに届けてもらってるってこの間言ってなかったっけ?」
「そう!そうなんだけど!えーっと?」
「じゃあ、そこのデパートの地下に行ってみる?味噌くらいあるんじゃねぇの。」
ほら、と手を差し出されて久美子はおずおずとその手を取る。
思いがけずぎゅっと握られた手に思わず久美子が慎の顔を見ると、嬉しそうに微笑む慎と眼が合った。
かーっ、イケメンの微笑は最終兵器だよ。誰か規制してくれー。
一気に頭に登った血に何も言えなくなる。
顔をあげられなくて、手を繋いだまま一列に並んで黙って歩く。
「喉、渇かねぇ?・・・くみこ・・・」
「え・・・?」
初めて呼ばれた名前に、久美子ははっと顔を上げる。
今こいつ、あたしのこと久美子って呼んだ・・・
慎は前を向いたままずんずん歩いていく。
その耳が赤く染まっているのに気が付いて、久美子は心が温かくなってきた。
そっか、こいつも一歩進みたかったんだ。
そう思うと途端に愛おしさが溢れてきて、久美子は慎に追いつくとぱっと腕に抱きついた。
「うん。あたしもそう言おうと思ってた・・・どっか入ろ、しん。」
驚いたように振り向く慎の顔は、眩しくてやっぱり注視出来なくて。
でもにっこり笑ってくれたのがわかるから、久美子もへへっと笑う。
「コーヒーでいい?久美子。」
「うん。あたしはアイリッシュがいいな。慎は?」
「アイリッシュかよ・・・じゃ、俺はカフェラテで。」
見つめあってどちらともなく笑い出す。
まだ呼び慣れない互いの名を、口の中でもう一度呟いて慎と久美子は歩いていく。
ふたりの重ねられた手に、きらりとお揃いのリングが光っていた。
-------
こんにちは。
久々に書いてみた「Love So Sweet」のふたりです。なんかキャラが違うような。
なーんの事件もない平凡なあまあまほのぼのを目指したのですが、うーん・・・
この方面のセンスがないと改めて証明しました(笑)。
お目汚しにお付き合い頂きまして、ありがとうございます。
ヒルベルト空間一杯の愛と幸せを捧げます。
2010.10.10
双極子拝